Phi-Brain

melancholic

部屋に夕日が射し込み、そろそろ灯りをつけようかと思う頃。最近になって毎日のようにこの時刻に電話をかけてくる人がいる。

「お嬢様、お友達からお電話ですよ」
「はーい」

返事だけは愛想よく返して婆やから受話器を受け取る。婆やがいなくなったことを確認すると、途端に私は声色を厳しいものへと変えた。

「…また電話してきたの?」
「…やぁ、メランコリィ」

それはずっと私に許しを請い、私と友達になろうとしている人物。そして私がずっと苦手としている人物。フリーセルだった。

「何の用?私はあなたほど暇じゃなくってよ」
「用、っていうかさ。何度も言ってることだけど、僕はやっぱり君と友達になりたくて」
「聞き飽きましたわ。もっと世間話とかできませんの?」
「えと、じゃあ…僕は最近試験続きで大変なんだけど。君はどう過ごしてる?」
「呆れた。それは私に対する当て付け?それとも試験のストレスを私との会話で解消するつもりなのかしら?」
「いや、そんなつもりじゃ」

あからさまに焦るフリーセルの声が聞こえる。今のフリーセルは腕輪をつけていた頃とは違い、私がこうして強気に出れば簡単に折れてしゅんとするほどだ。最後に会ったのは私がマスターブレインになって復讐しようとしたあの時だけど、すべてを飲み込むようで怖かったあの目も怖さが消えていた。

だけど、単純そうに見えてもどこか掴み所がなくて。
最初の電話で「腕輪の悪夢はあったけれどまだこれからのはずだ、僕たちの人生も、この関係も!」なんて熱くなったかと思えば、次の電話では「僕たちはどこで間違えたんだろう…」なんて盛り下がった調子で話を切り出してくるのがフリーセルなのだ。ま、私はその都度「あれが私のハッピーエンドのはずだったのよ、今さら物語に続きなんて無いわ」とか「せいぜい悩みなさい」とか、適当に返してきたけれど。さて今日はどんな言い方で来るのかしら…と考えていたら。

「でも、メランコリィだって毎回僕との電話に付き合ってくれるじゃないか。それも楽しそうに」

私が、楽しそう?
フリーセルに対して?

そんなはずはない。私が電話に出るのは婆やが取り次ぐから断れないだけで、私に友達がいると信じる婆やを傷つけたくないだけ。フリーセルや大門カイトたちをこの家に招待した時「お嬢様が初めてお友達を連れてきた」と喜んだ爺と婆やに、今さら心配をかけたくないだけ。
それなのに、フリーセルはいとも簡単に私の仮面を剥がそうとする。「可愛く礼儀正しく成績優秀な良い子のメランコリィお嬢様」で通っているのに、フリーセルがいると「本当の私は可愛くない」と突きつけられる。
そんなのが、楽しいわけないじゃない。

フリーセルの存在が、私の未来を変えてしまったのだから。

「…メランコリィ?ねぇ、聞こえてる?」

私が無言になって心配したのか、私に呼びかける声が聞こえる。
だけどそれは同時に、憎まれ口でも返事になるという宣告でもあり。すっかりフリーセルのペースなのがなんだか納得いかなくて、私はまた同じ間違いを繰り返す。

「フリーセルなんか、まだ許しませんわ」



きっと彼は明日も電話してくるだろう。
そして私は明日も素直じゃない。



「それでもいいよ」

穏やかに響く電話越しの声。日が沈み暗くなる景色の中で、それでも世界が色付くような錯覚を覚えながら、私はそっと受話器を置いた。



fin.

(題名は鏡音リン(Junkyさん)の同タイトル曲と、それをナノさんとnekoさんが歌った英語ver.の曲から。3期23話の前に書いたので、23話を見て「電話じゃなくメールだったか!」と思いました(笑)でもどんな手段だろうと定期的に連絡取ってるなら良し。)

2014/03/08 公開
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