Cells at Work

赤血球の活性化

木でできた通路は足元に変化があって楽しい。おまけに見晴らしもいいから、初めて白血球さんに案内してもらった時はワクワクした。人通りは多くないけれどまったくいないわけじゃなく、今も何人かの赤血球が荷物を抱えて歩いている。
その心地よさに一度深呼吸して、また荷物の乗った台車を押す。と、風に乗って他の赤血球の声が聞こえてきた。

「ねー今度カラオケ行かない?」
「いいねー」
「一緒にプリクラ撮ろー♪」
「しょうがねぇなー」

さりげなく辺りを見回せば、赤血球の男女のペアが二組。どちらも話したことはないけれど、運んでいる荷物とその制服から私と同じ赤血球なんだと分かる。
…私と同じ赤血球、だけど。

「……」

楽しそうに会話する赤血球をちらりと見て、歩みが知らずゆっくりになった。
例えば荷物の届け先が違っても、仲の良い赤血球同士で途中まで一緒に行くことはよくある。私も心臓なんかは先輩にくっついて乗り切ってたし、その先輩も時々、PO1076番の赤血球さんと一緒に配達していることがある。
それに休憩だって多少は認められている。甘いものを食べたりお茶を飲んだりはもちろん、最近では私も仕事外で胃や小腸を見学しに行ったことがある。
だから今聞こえてきた会話は割と普通のこと…なんだけど。

羨ましいなぁ、なんて思ってしまった。

聞こえてきた話から、真っ先に思い浮かんだ人が一人いる。私が細菌に襲われた時にはいつも助けてくれる、白血球さん。
細菌やウイルスがたくさん襲ってくる時期は無理だとしても、この世界が平和な時――白血球さんがゆっくり過ごせる時に、そういうところへ一緒に行ってみたい。もちろん一緒にお茶を飲んだり道案内をしてくれたりするのも私はすごく嬉しくて、こんなアホな私に構ってくれるだけでありがたいことだけど…。普段とは違う過ごし方をしてみたい、なんて贅沢なことを少しだけ夢見てみる。
…でも、白血球さんは真面目だからそういうのは苦手かもしれない、とすぐに思い至った。
カラオケなら自分は歌わずにずっと聞いていそうだし、プリクラは遠慮するか一緒に撮ってくれたとしても棒立ちのイメージ。白血球さんが楽しくないのに無理強いするのは嫌だし、やっぱりただの夢として諦めようか…なんて考えていたその時。

「あれ、何か悩み事かい?」
「へっ、はいい!?」

突然の声に驚いて振り向くと、樹状細胞さんが穏やかに微笑んでいる。いかにも無害そうなその雰囲気に、自分が浮かない顔をしていたことに気付いた。続けて、つい照れ笑いが出る。

「あはは…白血球さんと遊びに行きたいなーって思ったんですけど、白血球さんそういうのはあんまりのってくれないかなー、なんて…」

内面を正直に言えたのは、樹状細胞さんの柔らかい笑顔と優しい声にほだされたせいかもしれない。すごくかいつまんだ説明だったけれど、それでも樹状細胞さんは納得したように相槌を打ってくれた。

「ふふ。そっかぁ」
「あっ、ごめんなさい!仕事中にこんなこと考えて…」
「大丈夫だよ。皆きっとそうさ」
「そう…なんですか?」
「うん。ちなみに、その白血球って1146番のことだよね?」
「え?あぁ、はい…」

なぜ知っているんだろう…と一瞬疑問に思ったけれど、私が白血球さんに案内してもらっていた時のことを、樹状細胞さんも覚えていたのかもしれない。そう一人で納得していると。

「そっか、それなら心配いらないさ。ほら!」

そう言って、樹状細胞さんは手のひらより少し大きい紙を二枚、白い面を上にして差し出してきた。そこには「Dendritic cell」と斜めに印字されている。…樹状細胞さんが印刷した写真?
受け取って裏返した瞬間、目に飛び込んできた光景は信じられないもので。

「えっ、これって…!?」
「昔の写真さ」

驚く私に樹状細胞さんはあっけらかんと言う。だけどこれはそんなに平然とできるものなのか。ショックではないけれど意外というか…意外すぎて言葉が見つからない。
一枚は、白血球さんがノリノリで歌っている写真。白血球さんのすぐそばには音楽プレーヤーがあるけれど、それが無かったとしても熱唱していると分かりそうな体制だ。カラオケボックスではないけれどペンをマイクに見立てて目を閉じて、おまけに後ろの出入口には好塩基球さんらしき姿。…これは、歌っているところを見られた写真では?本当に私に見せてよかったんだろうか。
もう一枚は白血球さんの仲間たちとのプリクラを写真サイズに拡大したものだ。白血球さんとよく一緒に仕事をしている三人が映っている…ところまでは普通だけど、問題はそれがプリクラだということで。いつもは少し怖く見られることもある四人の目がキラキラとプリクラ特有の加工をされて、おまけに「ズッ友だヨ」という落書きまでついている。ズッ友…確かに仲良しだからそうなんだろうけど、こちらも本当に見せてよかったのか。

「ね?楽しそうだろう?」
「あ…はい…。はい…スゴク…」

返事をしているうちに、本当にこの返事でいいのか自信が無くなってきた。しかし樹状細胞さんに悪気は全く無さそうだ。他のもうちょっとまともな写真だとしても同じ笑顔を浮かべてそうな程の優しい微笑みで、彼は囁く。

「それに他でもない君のお願いなんだ。彼なら断らないと思うよ」

たったそれだけの言葉なのに、理由なんて満足に述べられていないのに…その声音には妙な説得力が感じられて。

「…私、白血球さんを誘ってみます!」
「うん、それがいいよ」

明るく宣言すると、樹状細胞さんはにっこりと笑って私の左側を指差した。その先を目で追うと、細菌を倒した直後の白血球さんが小さく見えた。近くはないけれど走って行けばすぐに追いつける距離だ。

「それじゃあ樹状細胞さん、ありがとうございました!」
「いえいえー。がんばってね」
「はい!」

自信をつけてくれた樹状細胞さんにお礼を言って、台車を押しながら駆け出す。
樹状細胞さんはにこにこと手を振りながら、小さく口元を動かしていた気もするけれど…私に気付いてその場に待っていてくれる白血球さんの姿を見たら、それも頭の片隅から綺麗に消えてしまっていた。





「…赤血球の活性化、完了だね☆」



fin.

(樹状細胞の裏の顔に気付かない赤血球ちゃん。)

2018/08/06 公開
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