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たとえ姿が変わっても

「この、人殺し…っ!」

さっきまで羊を連れていた少年は、叫ぶ。

「家族を、友達を…皆を返せ!」

何もできないくせに敵意だけは一人前で、彼の後ろにいるレムが押さえていなければ今すぐ殴りかかってきそうな勢いである。
だが、俺たちがやったことはやむを得ないこと…言うなれば必要悪。真拳使いでなくとも帝国の脅威となる者は排除せよ、という主君の命令に従ったまでだ。

「レム、始末しろ」
「…はい」
「え…どういうこと!?レムちゃん、平和な世界を作るって約束してくれたじゃんか!なんでそいつの言うことなんか聞くんだよ!?」
「…ごめん、ちょっと長い間眠ってもらうだけだから」
「情に流されて手加減すんなよ」

一言釘を刺してから、俺はその少年に背を向けて歩き出す。
後ろから響いてきたのは、叶うはずもない哀れな願いだった。

「くそっ…人でなし!毛狩り隊なんか獣になっちまえばいいんだ!何もわからずに暴れて、最後には僕らに支配されるべきなんだ!」





…昨日の記憶は、そこで途切れている。
どうやって帰ってきたのか、いつ寝たのかもわからないし思い出せないが、つい先ほど目覚めたら俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
少し不思議な気もするが…まぁ、疲れてたんだろう。それに「猛獣使いの一族を滅ぼす」という任務は最後まで遂行した。その事実さえあれば、罰を受けることは無いはずだ。
そう結論づけ、体を起こそうとして…

違和感。

なんだか、目線の位置がいつもより低い。試しに立ってみても、やはり半分の高さまでしか見えない。
…あれ、ちょっと待てよ、俺の手は今どこにある?
まさかと思ってゆっくりと下を見ると…視界に入ったのは当たり前のように床に触れている手、というより、獣のような真っ黒な前足。

「何…っ!?」

まだ脳が寝ぼけているだけだ、嘘であってほしいと願いながら、慌てて鏡を確認する。
だがその思いも虚しく、鏡に映るのは全身真っ黒でラグビーボール型の耳としっぽを持ち、所々に黄色い輪の模様がある、動物のような俺の姿。

「おぉ、ランバダ様はブラッキーやな」

ノックも無しに扉が開けられて部屋に入ってきたのは、呆然としている俺とは対照的に呑気な声だった。その言動に苛ついた俺は、声の主もとい宇治金TOKIOにとっさに飛び掛かる。

「俺の身体に何をした、さっさと元に戻せ!それと人の部屋に入る時はノックぐらいしろ」
「ちょ、待ちなはれランバダ様!ワイのせいとちゃう!」
「ランバダ様落ち着いてください!」
「いや、我々が言っても無理だ!ハンペン様、ランバダ様を止めてください!」

身の危険を感じて慌てる宇治金TOKIOの背後からは部下たちのそんな会話が聞こえたが、あいにく俺は離すつもりなど全く無い。ハンペン承なら避けれる自信があったし、いざとなったら宇治金TOKIOを盾にすれば良いのだから。

…しかし。

「仕方ないのう…『波導弾』!」
「!?」

効果は 抜群だ!   ▼

聞き慣れない技の名前と共に、普段以上の痛みが背中に突き刺さる。
消えそうな意識の中で見たのは、いつもの弾力性のある四角い顔ではなく、薄紫の縞模様が入った白いオコジョだった。



…☆…



…そして、現在。

「…あ、ランバダ様気が付いたようです」
「すまぬ、ランバダ…先ほどは加減がわからず思い切り撃ってしまった。てっきりお主なら避けてくれると思ったのだが…」
「まさかよりによって悪タイプに格闘タイプの技をやるとは…」
「しかもタイプ一致で、必ず命中する技…ハンペン様、いっそのことハンペンじゃなくコジョンドのままのほうが強いんじゃないですか?」

俺の周りで口々に話す仲間の声が聞こえる。だが目を開けると、周りには同じく姿の変わった同志がいて、これが夢オチではなく現実だと思い知った。もちろん俺も元には戻れていない。

「何を言う!ハンペンこそが最強、ハンペンこそが原点にして頂点!」
「その姿で言われてもねぇ…」
「しかも最後は感化されてるし」
「そんなに言うならお主らがランバダを止めればよかったではないか!『鋼の翼』とか『花びらの舞』とか!」
「翼が立派でも、俺は風鎌じゃなければ使いたくはない」
「確かに『花びらの舞』も綺麗だが…その時はほら、女どもの腕の中にいたから技が出せなかったのさ」
「つまらん言い訳をするな!」
「いいな~俺もどうせならこんなサボテンみたいな形状じゃなく、もっと小さく可愛らしいやつになりたかった…そして抱っこされたかった…」
「いや、確かノクタスは図鑑では『真夜中に砂漠を歩く旅人の後ろをついて歩いて、疲れて動けなくなるのを待つ』ってあったから、それを旅人じゃなく女に向けて発揮すればいいだろ」
「おぉ!さすが菊之丞、ロゼリアになっても変わらないな!」
「…お主ら、もう一度『波導弾』撃っていいか?」
「構いませんよ、草タイプの我らには通常のダメージですから」
「…あれ、コンバット様は悪タイプもあるからダメージ2倍やないの?」
「何!?それを早く言え宇治金TOKIO!というか、どうしてお前はポケモンになっていないんだ!」
「そんなんワイが知りたいわ!」
「確かに、被害に会ったのはGブロック以上の隊長格だよな…宇治金TOKIOを除いては」
「そうだな…宇治金TOKIOを除いては」
「ちょい待ち、皆ワイを疑うっていうんか!?」
「そりゃそうだろ、一人だけ変わってないんだし」
「当然の流れだな」

姿こそ違うものの、どれが誰なのかは声と口調と行動パターンですぐに一致する。もっとも、宇治金TOKIOだけはかき氷のままだったが。

と、いうことは。
俺のしっぽを抱き枕にして眠っている、ピンク色の羊みたいなコイツは…もしかして。

「…おい、起きろレム」
「ん、もう少しだけ…Zzz…」

予想的中。
姿が変わっても、コイツはレムだ。こんな危機的状況の中、どうしてこうもマイペースでいられるのか。
とりあえずこれでは俺が動けないので、なんとか起こそうと試みる、が。

「Zzz…」

起こそうと声をかけるほど、レムは抱き枕をぎゅっと掴む。つまりは俺のしっぽが抱かれているわけで、普段の俺には無い部位だけに、心地よいようなくすぐったいような不思議な感覚が脳に伝わる。
と、その時。

「ハンペン様、興味深いデータを入手しました!」

勢いよく扉を開けて入ってきたのは、当たり前だが人間の姿のままの平隊員。どうして隊長格が変身して平隊員が無事なのか理不尽に思うが、その平隊員は俺の考えなど露知らず、話を続ける。

「昨日、皆さんで猛獣使いの一族を滅亡させましたよね?」
「あぁ…でも、そいつらは『殺した相手の姿を呪いで変えられる』とか、そんな能力は持っておらぬはずだが?」

ハンペンの言葉に一同は大きく頷く。今回も攻める前の準備は欠かしていない。もともと呪いを生み出す奴らだと情報が入れば、俺たちもそこに気を付けて戦う。だが今回はそういう一族ではなく、本当に猛獣を扱う能力に長けただけの、ある意味一般人のはずだ。

「いえ、問題はそこではなく…実は、流れ星真拳を使う旅人が近くにいたようです」
「…流れ星真拳?」
「はい。過去の文献では、その時最も近くにいる子どもの願いを叶える真拳だとか…。その真拳単体では使えませんし、戦場に子どもがいることも少ないですから、知らなくても当然ですが」
「うーん…つまり、その旅人が毛狩り隊に反目するガキの願いを叶えた、ってことか?」
「え、じゃあなんでワイは変わらなかったんや?…そうか、その子がかき氷大好きだったからやな!」
「いや、お前途中で寝返っただろ」
「あ…バレとった?」
「しかし、子どもなんていたかのう?いたとしても皆殺しが鉄則だが」

それぞれが推理を繋ぎ合わせていこうとする中で、俺の頭では昨日の記憶がよみがえる。もしかして…

「…行くぞ、レム」
「あ、おはようございますランバダ様…って、えぇぇ!?私もですか!?」

ちょうど目覚めたばかりで状況のわかっていないレムを無理やり背中に乗せると、俺は全速力で走り出した。



…☆…



「あの、ランバダ様…!」

風を切る音に混じって、レムの声が微かに聞こえる。普段の姿よりも今の姿のほうが速く走れて、しかもレムを担ぐのも楽というのは悔しいが、そんなことは気にしていられない。

「何だ」
「いきなり飛び出して、どうしたんですか…!?ハンペン様は『今の状況を敵に見られたらチャンスとばかりに攻められるかもしれないから慎重に』って…」
「…レム、お前あのガキはどうした」
「え、」
「昨日俺が声をかけた時、話してた奴だ」
「…眠らせました」

少しの沈黙の後に紡がれた言葉。念のため、もう一度聞き方を変えて問いただす。

「睡殺したのか?」
「……」

今度は完全な沈黙。これは要するに、

「…生かしたんだな」
「申し訳ありません…」

やっぱりそうか。
まぁコイツは戦闘要員だが眠りを邪魔された時に殺意が暴走するくらいで、基本的に自分から争いを仕掛けることはない、そんな平和主義な性格だから仕方ないのだが。

「…殺しに、行くんですか」
「いや、下手に殺して一生戻れなくなると困る。今回は説得だ。…それにはお前が話したほうが早いだろ」

不安そうな彼女に淡々と説明する。正直言うと『皆殺しが原則』だからこの対応は好ましくないのだが…きっと、コイツは悲しむから。
だから今回は特例だ。俺たちの功績で無事に元の姿に戻れれば、ハンペンもこの特例を認めてくれるだろう。

そんなことを頭の片隅で考えながら走っていくと、案の定、昨日の場所にはあの少年らしき人影。よかった、まだ移動してなかったようだ。少しずつスピードを緩めて近づくと、向こうもこちらに気が付いたのか、警戒心も無く近づいてくる。

「レムちゃん!?来てくれたんだ!」

昨日の恐怖心と敵対心はどこへやら。少年は目を輝かせてこちらを見ると、背中に乗っていたレムをひょいと抱き上げた。おい、何勝手にレムを抱きしめているんだ生意気だぞ。
そんな思いが先立って思わず飛び掛かりたい衝動に駆られるが、なぜか身体は動かない…否、動けない。
少年の緑色の目に睨まれた途端、身体が動きを止めたのだ。猛獣使いの能力とはこのことか…と、ピンチのはずなのに冷静に分析する俺がいた。
一方そんな俺の気持ちと状況を知ってか知らずか、レムは抵抗もなく腕の中におさまると、早速本題に入る。

「ねぇ、これはどういうことなの?皆、姿が変わっちゃって困っているんだけど…」
「あのね、お星様が願いを叶えてくれたんだよ!毛狩り隊は真拳使いが多いから、単に猛獣ってわけにもいかなかったみたいだけど」

平隊員の予想通り。
少年はさらに嬉々として話を続ける。

「でも、完全に願いが叶ったわけじゃなくてもいいの!これで世界から毛狩り隊の強い人はいなくなったし、レムちゃんがいれば僕は一人前の猛獣使い。一石二鳥さ!あっ大丈夫だよ、猛獣を扱ったことはないけど、羊を使っての練習はいっぱいしてきたんだから!…ねぇ、今度こそ一緒にいてくれるよね?」

そこまで言うと、彼はレムを抱きしめる力をぎゅっと強めた。もう離さない。そう言いたげなのが、すごく苛ついて、でも不思議な瞳のせいで動けなくて。

「…っ、レム!」
「何?今は僕がレムちゃんと話してるんだから、邪魔しないでよ」
「…!」

少年から睨まれ、それに伴って支配が一層強くなる。声を出すのも止めろということか。
その時、黙っていたレムが急に声を上げた。

「…ごめんね。私は元に戻って、毛狩り隊として過ごしたいの」
「え…、どうして!?毛狩り隊なんか、悪さをする集団じゃんか!」

しかし困惑する少年の声を聞き流すと、レムは言葉を紡いでいく。

「ごめん、ごめんね…家族と離れるつらさは、私だってわかっていたはずなのにね…。だけど、こんな世界だからこそ…私たちで、争いを終わらせなくちゃいけないから」

そのためには元の姿に戻ることが必要。それを暗に伝えるレムは、どこまでもまっすぐで、迷いが無かった。
やがて、その熱意が伝わったのか、少年は少し俯くと小さな声で言った。

「…わかったよ」

瞬間、目の前が光に包まれ…

「戻ったぁ…!!」

喜ぶレムの声で再び目を開けた時に俺の視界に入ったのは、人間に戻ったレム、そしてそれと抱き合うような形になっている少年。

「てめぇ…いい加減レムから離れろっ!」

思わずその言葉が口から出た後で、ようやく説得に成功したのにこの言い方はまずかったかもしれないと気付く。
だが少年は素直に離れると、レムと俺に向き直って言った。

「へぇ~、そういうこと。…レムちゃん、元気でね。お兄さん、レムちゃんを泣かせたら僕が承知しないから☆」
「なっ…!」

コイツの言いたいことがわかって、急に顔が熱くなる。見かけによらず感が鋭い奴だったようだ。
一方、レムのほうはそうでもなくて。

「え?『そういうこと』ってどういうことですか、ランバダ様?」
「うるせぇ。…帰るぞ」

純粋な疑問を浮かべてくる鈍感な彼女の追及から逃げるように、基地のほうへと方向を変える。

帰路の途中、いつからか俺の手は彼女に握られていて、しっぽの抱き枕や背中に乗せて走るのよりもやっぱりこれが一番いいな、なんて思った。



fin.

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2012/07/30 公開
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