Phi-Brain

帰ってくるって、信じてる

お兄ちゃんがどこかへ出かけて、数日が経った。

でも、それは今に始まったことじゃない。実際に今までも時々、数日間帰ってこないことはあった。
いちばん最初に帰ってこなかった時は、お兄ちゃんに何かあったんじゃないかと不安になって、お兄ちゃんの残した緊急連絡先を訪ねて、何とかカイトさんやノノハさんにたどり着いた。ノノハさんに作ってもらった夕食、美味しかったなぁ。
だけどその数日後、お兄ちゃんは何事も無かったかのように戻ってきた。普段学校や仕事から帰ってきた時のように、あまりにも日常的に、あっさりと。だからびっくりして、理由を聞く気もどこかへ消えてしまった。

そうそう、その頃からなんだよね、お兄ちゃんが過保護になったのは。帰ってきた時に見た部屋と台所の惨状がよっぽどショックだったみたい。私に家事能力が無いのをいちばん知ってるのは、唯一の家族であるお兄ちゃんのはずなんだけどな。

それから、お兄ちゃんは週末に時々泊まりがけでどこかへ行くことが多くなって。でも、事前に言ってくれることがほとんどだったし、それらはカイトさんやノノハさんも一緒だって言ってたから、全然心配することはなかった。
むしろ過保護具合が増える一方のお兄ちゃんと離れられて、せいせいするくらい。…なんて言ったら、お兄ちゃんは落ち込んじゃうかな。本当は、よくは知らないけどパズルに関する旅行だって聞いてたからパズル作家のお兄ちゃんらしいなぁって誇らしく思ったんだ。

いつもはその旅行について行かない私だけど、去年の秋にはお兄ちゃんの学校の皆さんと、学校の違う私まで南の島へ連れてきてもらって。カイトさんやノノハさん以外のお兄ちゃんの友達と知り合いになったり、同い年の女の子のエレナちゃんやアイリちゃんと友達になったりした。お兄ちゃんは皆がいる前でも過保護全開でちょっとしつこかったけど、今はそれも含めて楽しかったって言えるよ。

平日は、私もお兄ちゃんも学校に行って、お兄ちゃんの作ったご飯を食べて。週末は、お兄ちゃんはカイトさんたちとパズルの旅行へ行って。
そんな生活がしばらく続いたから、私はいつしか、お兄ちゃんを信じきっていたんだ。



いつからだろう。
行き先を聞かなくなったのは。
一緒に行く人を聞かなくなったのは。
帰ってくる日を聞かなくなったのは。



ごく最近のお兄ちゃんは、週末じゃないのに急に旅行に出かける。
あの日もお兄ちゃんは学校に行ったはずなのに、私が帰るとなぜかキュービック君から「ごめんね、ギャモンはカイトとノノハと一緒にパズルの旅行へ出かけたんだ」って聞かされて。もちろんびっくりしたけど、カイトさんたちが一緒ならきっとまたいつものことだし、お兄ちゃんは大丈夫だと思った。それよりもキュービック君がすごく申し訳なさそうにするから、私は言ったんだ。

「私なら、大丈夫だよ」って。

今さらわがままなんて言えなかった。私はずっとお兄ちゃんに頼りっぱなしだったから、いい加減大丈夫にならなくちゃって、覚悟を決めたの。

それから数日は、仲良くなったエレナちゃんやアイリちゃんに手伝ってもらって、家事の猛特訓。料理もなかなかお兄ちゃんのようにうまくはできなかったけど、次第に一応食べられる物にはなってきたんだよ。…「一応」はつくけど。
そうして毎日試行錯誤していたら、お兄ちゃんが帰ってきた。以前みたいに、あっさりと。
だから私も、以前みたいに、何も聞かなかった。…いや、もしかしたら、思い詰めた表情で考え込むお兄ちゃんに、軽々しく何かを尋ねることができなかったのかもしれない。
次の日、またいつもの日常の中で、お兄ちゃんも私も学校に行った。





…それが、今のところ私が見た最後のお兄ちゃんの姿。



ねぇ、お兄ちゃんは今どこにいるのかな。
今度はキュービック君も何も言いに来なかった。でも、きっと今までと同じだよね。パズルを解いたら、すぐに帰ってくるよね。

だって、天才パズル作家で頭が良くて、ちょっぴり過保護だけど優しい、私の自慢のお兄ちゃんなんだもん。





ずしりと重たい買い物袋を両手に提げて、夕暮れの土手を歩く。
買いすぎちゃったかな、食材使い切る前に賞味期限切らしちゃうかな。大丈夫だよね、一応うまくいけば食べられる料理にはなったけどまだまだ失敗だらけで何食分かは食べられなくしちゃうし。さてと、今日はどの料理に挑戦しようかな。

優しい風が、頬に当たる。
ふと空を見上げたら、歩みが止まった。

お兄ちゃんの髪の色のような真っ赤な夕焼け空に…暗くなるにはまだ早いのに、一筋の流れ星が流れたような気がしたから。



一瞬で消えてしまったけれど。
気のせいかもしれないけれど。

…お兄ちゃんが帰ってきたら、話そう。
今見た光景を大切に心に閉まって、私はまた歩き出した。



fin.

2014/03/03 公開
74/90ページ