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パズルリング

休日は一昨日までで、学校は昨日から始まっていた。だけど私にとっては今日が今週初めての√学園。昼休みになってスイーツの入ったバスケットを持って、すたすたと廊下を歩く。

私は昨日まで、カイトやルーク君やジンさんと一緒にイギリスにいた。
ジンさんの記憶を取り戻す手がかりが何か掴めればと思ってカイトとルーク君が計画したのは、三人の思い出の場所やジンさんが解いた愚者のパズルを訪れる小旅行。そこに私はお目付役として同行した。だってカイトはパズルバカだし、ジンさんはしっかりしているけれど何かを思い出そうとして体調が悪くなるかもしれない。ルーク君はPOGのトップでカイトより大人びているけれど、今回はビショップさんから離れての旅だから思いがけないところでつまづくかもしれない…例えば鞄の中で靴下の入っている場所が分からない、とか。
それに、旅の中にはフリーセル君とピノクル君に久しぶりに会う目的もあった。腕輪の件や幼い頃のわだかまりを乗り越えてまた友達になれたとは聞いていたけれど、実際に会って穏やかに過ごす二人を見たら本当に安心した。
結局ジンさんの記憶は完全には戻っていないけれど、カイトとルーク君の間に楽しい思い出もできたし私ももちろん楽しかったから、行って良かったと思う。

そんな旅行の報告もしようとウキウキしながら天才テラスへの階段を駆け上がる。
しかし上り切った瞬間、そこにいたギャモン君がものすごい勢いで駆け寄ってきたかと思うと、がしっと私の両肩を掴んだ。突然のことに驚く私に、ギャモン君はミハルちゃんなら嫌がりそうなほどの剣幕で捲し立てる。

「ノノハぁ!!大丈夫だったか、何もされてないか!?」
「え、何?どうしたのギャモン君」

とりあえず落ち着いて、と宥めるけれどギャモン君は私の目の前に立ったまま号泣し始めた。静かに涙を流すのではなく、ぎょっとするほどの大泣き。ギャモン君に泣き虫のイメージは無かったけれど、じゃあ一体何が彼をそうさせたのか…思い当たる節を探して、いちばんそれらしい答えを見つける。

「えっと…危ないパズルに巻き込まれたこと?それなら大丈夫、カイトとルーク君が解いてくれたから!」
「そうじゃなくてだなぁ!」
「じゃあ何だよ。ていうかノノハから手ぇ離せよ、いきなり掴んできて変人みたいだぞ」

私の後ろからカイトの声がした。そういえば一緒に教室を出てきたはずなのに私の気持ちが急いていたからか、カイトは今追いついたみたい。その迷惑そうな声に反応したのか、白いメカが天才テラスからこちらへ来ると「変人、変人」と連呼した。そして上に乗っていたキューちゃんが優しく語りかける。

「イワシミズ君。ギャモンは確かに変な動きをするけど敵じゃないからね」
「おい、変ってところを否定しろよ!?」
「いや、どう見ても変だろ」

カイトが冷静にツッコミを入れた。それとほぼ同時にアナが椅子から立ち上がる。とてとてと歩いてギャモン君の隣に並ぶと、ほんわかした癒される笑顔を浮かべる…が。

「ギャモンはノノハが心配だったんだな。外泊中にカイトに食べられるかもーって」
「は、俺!?」
「え、食べ…えぇっ!?」
「いっいや別にそういう事じゃねーよ!?つーかバカイトが手ぇ出せるわけねぇし?そもそもアナが勝手に言ってるだけで…だよなぁアナ!?」
「おい今さりげなくバカにしなかったか」
「ほぇ?アナ、何か間違えた?」
「ううん、僕もそう解釈したから間違ってないはずだよ。泣きながらノノハの名前を叫んでたしね」
「私の名前!?学校で!?」
「ギャモン、叫んでた、ギャモン、変人」
「だから黙ってろイワシミズ!」

私のいない間に学校で何が起こっていたのか、そもそも何という勘違いをされていたのか。続々と発覚する事柄に頭が熱くなっていく。
ていうかギャモン君には出発前に「女手が必要だから」って本当のことを伝えたはずなのに!あまり詳しくは伝えてないから泊まりがけってことは後でアナから聞いたのかもしれないけれど、それでもクロスフィールド学院だし!ジンさんもルーク君も一緒なのに!

「ちょっとギャモンく、」

余りのことに反論しようとした、瞬間。
目の前にすっと細い手が伸ばされた。アナの手だ。

「ノノハ。聞いてあげて」
「え…?」

「何を」が抜けたアナの言葉に思わず止まると、ギャモン君が右手をライダースジャケットのポケットに入れた。不自然なその動きに視線を奪われる…と。

「ノノハ、右手出してくれねぇか?」

ギャモン君が、少し不安そうに告げた。
いつもの自信やおどけた調子はどこかに行ってしまったみたいに、緊張した面持ちで彼は左の手のひらを上に向けて私の方へと差し出す。
その厳かな雰囲気に、私のさっきまでの怒りは霧散してしまった。代わりに心臓がドキドキと主張する。
とりあえず、右手と言われたからバスケットを左腕に抱え直そうとして…キューちゃんがイワシミズ君の腕をゆっくりと前に出した。「掛けていいよ」と言われて、その通り預ける。正直、カイトはそこまで気が回らないしアナに預けるのはつまみ食いが不安だったから、キューちゃんの機転には感謝しかない。あとでスイーツを一個多めにあげなきゃ。そう考えながらゆっくりと出した右手は、彼の手に到着する前にぐいっと引っ張られ、て。
ギャモン君はポケットから右手に握った何かを取り出すと、それを薬指にはめた。

「え…!?これって…!?」

――光を反射してきらりと輝く、指輪。
それだと理解した途端、怒りとは違う熱が一気に頭の先まで上がっていく。これってどうしたの、と訊きたいのに口から出るのは空気ばかり。それでも口の動きで伝わるかと思ったのに、指にはめてくれた本人は逃げるように後ろを向いてしまった。もっとも、彼も耳まで赤くなっているけれど。

「パズルリングだね」

キューちゃんがメカに乗ったまま私の手元を覗く。「パズル」という言葉が気になったのか、カイトが不思議そうな声を出した。

「これがパズル?なんでノノハに」
「検索中、検索中…パズルリングは、指から外すとバラバラになってしまう指輪。昔のヨーロッパで流行」
「おー、イワりんかしこい!」
「そう。他の男の人と会ってリングを外すと、なかなか元に戻せない指輪さ。だから当時は浮気防止に使われたらしいよ」
「う、浮気!?」
「はぁ!?浮気って、何でそんなもんノノハに贈ってんだよ!?」
「テメーが口挟むんじゃねぇ!ノノハは別にお前と付き合ってねーだろ!」
「だからってお前とも付き合ってねーだろ!?」
「あぁそうだ、だから右手にしたんだろうが!?頭を使えバカイト!」
「一応ギャモンなりに遠慮したんだね」
「いや、でも浮気防止って時点で…」

どうしてもそこが引っかかる。そもそも誰とも付き合っていないのに浮気を心配されるのはちょっと心外だ。
しかしアナは一歩踏み出して私の隣に並ぶと、指輪のついた手をとり目の前まで持ち上げた。アナは頬がくっつきそうなほど近くに顔を寄せたかと思えば、私と同じ目線で指輪を見つめている。どうやらどんなデザインなのか観察しているらしい。
私も改めて指輪を眺めると、細い指輪が四重になったような形で、輪の途中でそれらが複雑に交差している。しかし交差のところはうまく溝が彫られているらしく、重なった分の出っ張りがあるわけではない。確かにキューちゃんの言う通り、外すと直すのが大変そうだ。納得しかけた、その時。

「…でも別に、俺なら解けるし」

後ろから声がしたと思ったら、次の瞬間には右手が視界の隅にずれた。同時に「あっ」と小さくアナの声。カイトがアナから奪い取って私の手首を掴んでいる、と私が認識した時にはもう遅く、カイトは反対の手で指輪を抜き取っていて。

「カイト!バラバラになったら戻せないじゃない!」
「てめえバカイト何しやがる!?」

私の非難の声にギャモン君も振り向いて咎める。しかしカイトは指輪を空中に軽く投げて指輪の形を崩した。四つの細い輪がチェーンのように繋がった形状のそれを、くるりくるりと回しながら動かしていって…

「ほらな。これでいいだろ?」

カイトがパズルを解いた時の嬉しそうな顔で言う。その手元を見れば確かに元通り、指輪の形になっている。怒った勢いで握りこぶしになった右手は空中で止まったまま、下ろすこともカイトにぶつけることもできずに戸惑った。

「へぇ、さっすがカイトだね!」
「一瞬の出来事だったんだな」
「へへっ、まあな!」
「俺に解けないパズルはねぇ」
「イワシミズ君がそれ言ってどうするのさ…」
「…って、ノノハに渡したのにお前が解いちゃ意味ねぇだろうが!」
「ていうか、本当にパズルバカね…」

呆れて言ってもカイトは意に介していないのか、アナとキューちゃんの称賛に笑顔を向けている。結局はパズルを解きたいだけの幼馴染みに、もやっと不満が浮かびかけた…が。

「ほら、手ぇ出せよ。楽しいパズルだったぜ」

カイトは「出せ」と言ったわりには私の動きを待たずに、体の横に下げてあった手をぐいっと持ち上げた。緊張感どころかロマンチックの欠片もなく、まるで使ったものを元あったところへ片付けるように、そのパズルを薬指にはめる。

「あ、ありがとう…」

まさかあっさり返してくれるとは思わなかった。いや、カイトは人の物を盗ったりはしないけれど、パズルバカだからもう少しパズルを解いているかと思った。そんな困惑がお礼の言葉に乗る。
一方のカイトは、そんなこと考えもしなかったみたいな顔で一回頷くと「それより早く飯にしようぜー」とこの話を打ち切った。そういえば昼休み、まだ食事をとっていない。おそらく先に来た三人もまだ食べていないはず。注文のために一階へと引き返すカイトを見て、皆にも声をかけようと振り返ると。
呆然とするキューちゃん、きょとんとするアナ、何かを言おうとしているのか口をパクパクと開閉させるギャモン君。時が止まったような空間の中、イワシミズ君だけが腕を伸ばしてバスケットをテーブルに置く。
その疑問に対する答えをアナが提示したのは、どうしたの、と私が訊く前だった。

「ノノハ、左手」

左手?指摘されたとおり視線を移す。そこにはさっきのパズルが――

あ。

数分前の記憶が頭の中を駆け巡る。もっとも、あれだけ大騒ぎされれば私じゃなくても皆覚えているもので。
私は誰とも付き合っていない。だからギャモン君は右手に指輪をはめた。指から外したら元に戻せないパズルリング。
だけどカイトはそれを崩して、直して。

右手はまだ軽く握ったまま、胸の前になんとなく浮いていた。カイトに指輪を抜き取られた方の手。
そして左手の薬指には――。

「てっめカイトぉーっ!!」

時を取り戻したギャモン君が、カイトの名前を叫びながら階段に向かう。それに伴って、逃げるカイトの足も速くなった。

「やべっ、バレんの早ぇよ!」
「はぁ!?テメーわざとか!」
「つーかそもそも俺が解けるパズルじゃ意味ねぇだろ!」
「ちょっとカイト、料理運んでる人もいるんだから走らない!ギャモン君も!」

いくら天才とはいえ、他人に迷惑をかけることはしてはならない。テラスの上から二人に向かって言葉を投げたけれど、聞こえているのかいないのか、しばらくは鬼ごっこから戻ってこなそうだ。
顔が熱い。でもそれは大声で怒鳴ったからよ、絶対そう!
それでもアナは無邪気に、それでいて見透かすように尋ねてくる。

「ノノハ、カイトのものになったの?」
「えっ!?なってないなってない!!」

首と手をぶんぶんと振って否定するも、アナの表情を見る限り伝わっているのかは怪しい。それを見ていたキューちゃんも突然イワシミズ君を操作すると、何やらデータを提示した。カイト、ルーク君、フリーセル君の脳波のグラフと、それぞれの得意なパズルの種類が列挙してある。

「僕の調査だとそのリング、カイトが外して元に戻せるならルークやフリーセルも戻せそうだね」
「ギャモン、虫除け失敗」
「お前ら全部聞こえてんだよ!」

階下からギャモン君の大声が響いた。



fin.

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2018/07/29 公開
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