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年上談義

夕飯が終わって俺の部屋に来たノノハは、ティータイムの準備よりも先にテレビの電源を入れた。
聞けば、数年前に上映されてノノハも好きな映画が今夜のテレビ番組で放送されるらしい。余程楽しみだったのか、急いでヤカンを火にかけたかと思えば湯が沸くまでテレビの前で待機し、その後の紅茶の準備もコマーシャルの合間に急いでしたくらいだ。ノノハの記憶力なら映画の内容くらい覚えてそうだが、ノノハ曰く覚えていても久しぶりに見たいのだそう。
せっかくだから、俺もパズルをしながら時々顔を上げて話の展開を追う。ここまで見た感じでは女性が主人公で冒険もの。旅の途中で敵対していた男性が仲間になり、今は二人で知恵を出し合いながら進んでいく場面。
不意にノノハが画面を見たままうっとりと呟いた。

「やっぱり年上って良いよねー」

…年上?
きょとんとしたままパズルの手を止めてノノハを見る。彼女は返事を求めていなかったのか、画面を見つめたままだった。だから反応せずに流しても良かったのだが、解き方を間違えているパズルのように何かが心に引っかかった。考える。
年上が良いとはどういうことだろう…年上…例えば身近な人で当てはめると…。

「…軸川先輩か?」

正確に言えばアナも年上だが、アナはまず男として認識されているか怪しいので除外した。
学年ではなく年齢で考えればギャモンもそうだが、あのアホみたいに煩い奴が年上とは思えないのでこちらも除外。エレナやミハルだとギャモンでも十分年上に見えるのかもしれないが、ノノハは同学年として接しているから、今回は除外しても問題ないはずだ。
そんなことを確かめていると、ノノハは俺の方を向いて少し考える素振りを見せた。

「うーん、軸川先輩より上かなぁ。もっと歳が離れてる方が、大人の魅力みたいなのが出るでしょ?」

ノノハはにっこりと笑ってそう言うが、「大人の魅力みたいなの」という曖昧な説明ではピンと来ない。仕方がないからもっと年上をイメージする…と。
俺の頭にある仮定が思い浮かぶ。それと同時に、さーっと血の気が引いていくのを感じた。
いや、まさかとは思うけれど。しかし完全に否定もできない。もしこの仮定が本当だったら俺はそんなノノハを…現実を受け入れられるのか。
その覚悟が決まらないうちに、ノノハは喋らない俺を不思議そうに見てきた。もっとさりげなく訊けたら良かったのに、俺の口から出たのは直球の言葉。

「まさか…学園長…!?」
「そんなに年上じゃないから!」
「そ、そうだよな、さすがに学園長なわけねぇよな。じゃあ、ジンか」
「いや、それも違う…ジンさんがすごい人だってことはカイトの話で聞いてるけど。ていうか、ジンさんと学園長は同い年でしょ」
「あぁ、そう言われれば……ん?それなら別にあり得ないわけでもねぇだろ。レイツェルはジンに恋してるって、前にアナが言ってたし」
「それはそうだけど私はレイツェルじゃないから!学園長もジンさんも想定してなかったわよ!」
「ふーん、それなら…」
「真逆ジン、とか言わないでよ?先に言っとくけど違うから」
「いや、ヘルベルトかと思った。でもアイツはやめとけ。イカサマしなけりゃパズルは面白ぇけど、多分腕輪があるからかっこよく見えてるだけだ」
「そこは普通ビショップさんでしょ!?」

ノノハがツッコミ混じりに本音を零す。いや、あいつはどう見てもルーク第一な奴だぞ?
しかしノノハはあくまでも例のつもりで、特にビショップのどこが良いとか言うつもりはなかったらしい。さっきよりも一段と目を輝かせてテレビを指差す。

「でもそんなに身近な人で考えなくてもほら、映画に出てくるこの人!かっこいいでしょう?」
「…そうかぁ?」

ノノハが指したそいつは確かにイケメン俳優が演じている役だった。が、かっこいいのはハッキリ言って顔だけだ。そもそもこの男は最初に悪役として出てきたはず。今は利害の一致で味方になっているが、目的が果たされれば裏切るかもしれない。
俺の幼馴染みはこんなのがいいのかと、大袈裟に溜め息をついてみせる。ノノハはむっとした顔を見せたが、何を思い直したのか笑顔を作ると、画面の方を向いてその魅力を語り出した。

「だってヒロインの子がピンチの時は助けてくれたでしょ?」

確かにそんな場面は横目で見た。その出来事のおかげでヒロインとこの男は仲良くなった、が。

「俺だって助けただろ。ノノハが賢者のパズルの罠で落ちそうになった時」

ぼそりと呟く。ノノハはそれを意に介さないどころか逆に「魅力を伝えきれなかった」と解釈したらしい。画面に釘付けになったまま、はしゃいだ調子で言う。

「ヒロインにできないことがあったら代わりに動いてくれるし!」
「俺だってノノハが解けないパズル解いてるし」
「ヒロインをからかう大人の余裕も素敵でしょ?後でフォローもしてくれるし!」
「からかうのなら俺だっていつもやってる」
「落ち込んだ時は慰めてくれるの!ほら、このシーン!優しく抱き締めて頭撫でてくれるでしょ!?」
「……」

今度は、すぐには返せなかった。正直ノノハのことを優しく慰めてやれるかは自信がない。
ノノハが落ち込む理由は大抵「パズルが解けない」か「俺が落ち込んでいてうまく励ませない」のどちらかだ。パズルが解けないのなら、俺がノノハの分まで解けばいい。俺が落ち込んでいるのが原因なら、俺自身が立ち直ることが先だ。俺が落ち込んだままでノノハを励ましても説得力がないし、俺が元気になればノノハもほっとした表情になる。だから優しく抱き締めて慰めるなんて滅多にない。そういうのはアナや軸川先輩や、年上ではないけれどフリーセルの方が得意そうだ。
…けれど。

「…俺だって、そばにいるだろ」

ぽつりと、独り言が零れた。
彼らに渡したくない、そう考えたら自然と口をついて出ていた。思ったより低くぶっきらぼうな声に自分でも驚く。
ようやく俺の反論が効いたのか、俺の片側にノノハの視線が突き刺さる。なんとなくノノハの方を向きたくなくて目を逸らした…が、あまりにもノノハが長い間見てくるから、俺もちらりと様子を窺う。あ、ノノハの奴、俺が頭を動かした瞬間映画の方に向き直ったな。
画面をじっと見たまま、ノノハが小さく口を動かす。

「…別に、カイトの話なんかしてないでしょ」

え、と声が漏れそうになる。確かにノノハの言う通り、話題は俺のことではない。分かっていた…はずなのに胸の奥がじわじわと暗いものに蝕まれていく。
しかし気持ちが完全に沈みきる前に、ノノハは言葉を続けた。

「…でも、あんな風に何でも言い合える関係は素敵だと思う。お互い憎まれ口をたたいても本心じゃないってわかってて、この先もずっと一緒にいられるような」

愛おしそうに目を細めるノノハ。その視線を辿ると、画面上ではヒロインと例の男が喧嘩のようにじゃれ合っている。
何でも言い合えて、一緒にいられる相手。その条件は、今まで名前を上げた奴らには当てはまらない。遠慮なく意見を言い合えるのも、その直後にわだかまりを残さないで普段通り接することができるのも…きっと、俺しかいない。

「…あぁ。そうだな」

ようやくノノハの話を肯定できた気がした。



fin.

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2018/07/09 公開
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