Phi-Brain

いつの時も変わらずに

日本のバレンタインデーといえば「女性から男性へチョコレートを渡して、愛を告白する日」。もっとも、男性に渡すのは本命だとか義理だとか、最近では女性の友達同士で交換し合うものもあるとか、本来の形式よりはずっとフランクになっているのが現状だ。
もちろん、幼馴染みの彼女も例外ではなく。

「じゃーん!皆、ハッピーバレンタイン!」

そう言って天才テラスのテーブルの上に彼女が並べるのは、もちろんお手製のノノハスイーツ。一口サイズのチョコレートからココア味のクッキー、マドレーヌ、さらにはホールのチョコケーキまで、まるでお菓子屋でも開くかのようにテーブルが埋まっていく。

「わぁーっ。ノノハスイーツ、食べ尽くすぞぉー♪」
「ふふっ、アナは本当に甘党よね。たくさんあるから、好きなだけどうぞ」

普段からノノハスイーツを好んで食べるアナは、早速ご機嫌でホワイトチョコと苺チョコを手に取り、その上チョコケーキにも手を伸ばしている。俺もようやくノノハスイーツを克服できたのだから、同じように食べたいものを選べばいい…はずなのに。
それをためらう『理由』がある。

「相変わらず大量なのに質も良いからすごいよね、ノノハ。チョコレートはどのくらい使った?」

クッキーを食べながら何気なく尋ねたキュービックに、ノノハはさらりと答える。

「んー、クッキーやマドレーヌはココアパウダーを使うから、チョコレート自体はそんなに使ってないけど…でもクラスメートやよく助っ人に行く部活の皆にもあげたから、製菓用のを十袋は買ったかな」

そう、ノノハのこういう性格こそが、俺のモヤモヤした気持ちの『理由』だ。
彼女は朝の登校時から、見かけた知り合いには小分けにしてラッピング済みのチョコレートをプレゼント。教室に入るや否や女子に囲まれて手作りお菓子の交換。休み時間を使って各部活にも差し入れを配り、昼食前には食堂で会ったアイリにぺろりんぽろりんを模したクッキーとチョコレートを渡して、そうして今の天才テラスに至るのだ。人脈が豊富で多くの人から慕われ、何より彼女もそれを苦とせず楽しんでいるのだから何一つ気に病むことはないのに、何かが俺の心に引っ掛かる。

「ギャモン君はこっちがいいかな?ビターチョコだから食べやすいかも」
「お、おう。じゃあそれを一つ」
「はい、どうぞ。それと…はい、ミハルちゃんにも作ってきたから帰ったら渡してあげて。ちなみにこっちはミルクチョコね」
「サンキュー、ノノハ。ミハルも喜ぶぜ」

おまけに、ノノハはもらう側の好みまで把握済みだ。皿から取ってやったほうはただの親切で、袋に入っているほうはミハル用のだと分かっていても、ギャモンへの細やかな気遣いと何よりもギャモンにチョコを渡すその光景に、無性に苛立ちを覚える。
当然そんな気持ちで他の人と同じだと分かりきったお菓子なんか選べるはずがなくて、俺はさっきからアナやキュービックやギャモンが食べるのを横目にテーブル上のノノハスイーツとにらめっこ中、というわけだ。端から見ればどれを食べるか迷っているか、たくさんありすぎて呆れているか、のどちらかだと思うだろう。だが実際はどちらでもなくて、せっかくノノハスイーツを異常なく食べられる最初のバレンタインデーだというのに、何故か沈んだ気分が拭えずにいる。

「…アナが思うに、空は絶対落っこちてこないんだな」

唐突に口を開いたアナに目を向けると、アナはさっきまではしゃいでいたとは思えないほど穏やかな口調と眼差しで続ける。

「明るくなったり、真っ赤に染まったり、時々曇ったり。でも、空の存在は今も昔もずーっと同じ」
「うん…?」

言葉の意味を捉えようと下を向いて考え始めた次の瞬間、突然目の前に見覚えのあるラッピングが現れた。いつのまにかギャモンとの話を終えたノノハが横に立っていて、俺の視界に入るようにそれを差し出したのだ。

「カイトにはこれ!今年こそ倒れないで食べてよね」

透明な袋にピンクのリボンというシンプルなラッピングは、いつもクッキーを持ってくる時に見る定番のもの。そして中身は毎年変わらない、ハートの形をしたノノハチョコ。
ノノハスイーツがトラウマで食べられなくても「バレンタインデーだもの、私があげてカイトがもらってくれることに意味があるの!」と言っていたあの頃と同じで、少し強気な彼女が今でも隣にいて。唯一違うのは、口に入れたチョコレートの味が最初から最後までおいしく感じられることで。

「ノノハ、その…いつもありがとな」

彼女にだけ聞こえるように小さく呟くと、去年のバレンタインデーまでは見られなかった幸せそうな微笑みが返ってきた。



fin.

2013/02/14 公開
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