3期25話カイノノ

私の後輩を、お願い

さて、ああ言ったは良いものの、どうやってノノハ君を説得しようか。
キュービック君の研究室を一人先に出て、ぼんやりと歩きながら考える。

「ノノハ君にパズルを解かせること」だけが目的ならば、ミノタウロスの姿を使って強行手段に出ることもできなくはない。しかしその方法をカイト君は望んでいないし、何よりノノハ君の心が持たない。オルペウスの腕輪を着けた人間を追い込むのならともかく、ノノハ君は腕輪も何も無い一般人。さらにカイト君という支えを失った今、下手をすると「パズルが解けないから置いていかれた」とも捉えられかねない。

「…どんなパズルよりも難しいね、人の心は」

カイト君の言葉から考えるに、きっとノノハ君に解かせるためのパズルを置いていっているはずだ。そしてその理由は、財を守るとか試すとかじゃなくてもっとシンプルに、解いてほしいから。
ただし簡単に解かれてはただの作業になってしまって楽しくないから、難しくした。でも難しさに屈して解くのを諦められるのは虚しい。報われない。
解かれたくないけれど最終的には解いてほしい…それはパズルを作る側に回れば一度は持つ感情だ。ノノハ君に解き方を教えるな、と皆に伝えているのもきっとそれが関係している。皆に聞いてでもいいから解いてほしい、というものではなくむしろ逆で、ノノハ君が自力で解くことをカイト君は望んでいる。

その一方で、天才に置いていかれる辛さも僕はよく分かっているつもりだ。天才たちにとって当たり前とされていることが自分にはできない、どこかにヒントがあるはずなのに気付けない無力感。時折それに伴う疎外感。僕の場合は学園長が「皆のサポート」という役割を与えてくれて、今までのノノハ君も自ら「お目付け役」と称して居場所を作ってきたけれど、今回ばかりはそうもいかない。これはノノハ君の戦いだから。



「…ソウジ先輩!」

突然、後ろから僕を呼び止める声が響いた。高等部にいた頃から聞き慣れた声。そういえば、図書館で一緒に勉強する約束をしていたんだっけ。結局それはギャモン君の正義感でドタキャンになってしまったわけだけれど。

「千枝乃君」

振り返って名前を呼ぶと、彼女はすぐに駆け寄ってきた。隣に並んだのを確認してから、今度は二人で歩き出す。

「どこ行ってたんですか」
「ごめんね。今日は急用が入って」

本当のことなのに、彼女はあからさまにムッとした表情になった。以前適当な理由をつけて生徒会の役割をはぐらかしていたツケが回ってきたらしい。お互いにもうすっかり大学生だけど、僕たちの関係はまだまだ高等部の頃と変わらない。変わった部分をしいて挙げるなら、

「…何かあったんですか?」

こんなふうに、相手の問題にお互いが少しだけ深入りするようになったことかな。
昔はセクション・ファイの件や単純に一般人を巻き込むわけにはいかないという点から、何か訊かれても飄々と受け流していた。でも、最近は少しずつ言葉にするようにしている。オルペウス・オーダーのことで既に巻き込んでしまった、というのもあるけれど…生徒会の一員じゃなくなっても安心して甘えられる場所、とでも表現しておこうか。千枝乃君も努めて冷静に話を聞こうとしてくれるし、例えばPOGの極秘案件などは彼女に訊かれても僕が再度はぐらかせばそれ以上問いただすようなことはしない。その関係が心地良いんだ。

「そうだね…。パズルの苦手な人にパズルを解かせるには、どうすればいいかなって考えててさ」
「それって井藤さんのこと?」
「え?」
「パズルが苦手でソウジ先輩と接点のある人物って、この学園に限れば井藤さんくらいじゃないですか」

さも当然のことのように言われて驚いた。考えてみればその通りだけど、僕も話をぼやかすことができないくらい動揺していたんだと気付かされる。

「…学園の外の話だったらすみません」
「いや、当たりだよ。どうすればいいんだろうね」
「……」

試しに訊いてみたものの千枝乃君もすぐには思いつかないようで、俯いて一緒に悩んでしまった。
しかしたったあれだけの会話で、本当に重大なことを抱えていると察したらしい。本来行く予定だった図書館や大学とは違う方向でも気にせずに歩みを進めてくれる。

「あ、これまだ続いてるんですね。懐かしいなぁ」

突然、彼女が嬉しそうな声をあげた。視線の先をたどって見ると、掲示板に貼られたプリントにはちょっとしたパズルとそれを作った生徒の名前、そして「優秀賞」の文字。校内のパズルコンクールだ。もっとも、校内といってもカイト君たちが応募してくることはほとんどなく、称号を持たない一般生徒やパズル部員が切磋琢磨する場となっている。それでも、√学園は「パズルを教育に取り入れる」と謳っているだけあって、一般人でもパズルに興味のある生徒は多い。これはそんな生徒に向けた取り組みだ。

「そういえば千枝乃君も去年、表彰されていたね」
「みっ、見てたんですか!?」
「これでも元パズル部部長だからね。卒業しても、校内のパズルはチェックしているつもりだよ」

そんな僕の行動は、千枝乃君には予想外だったようで、急に分かりやすく動揺し始めた。

「えっ、あ、その…ど、どうでしたか、私のパズル…?」
「うん。アイデアを組み合わせて工夫していて、良いパズルだったよ」
「あ、ありがとうございます…。あーでも、やっぱり恥ずかしい…!」
「あはは、僕以外にも知ってる生徒には見られてたんじゃないかな?」
「それはそうですけど…。あ、そういえば」

火照った頬を自分の両手で押さえたそのままの姿勢で、千枝乃君は顔を上げる。懐かしむように遠くの景色を見ながら、穏やかに言葉を紡ぐ。

「井藤さんも当時、掲示を見てくれていたみたいです。パズルコンクールだけじゃなくて、生徒会が作った掲示物に載せた簡単なパズルも。彼女が解けたかどうかまでは何とも言えないですが…『可愛くて楽しそうなパズルでした』ってわざわざ感想を伝えてくれたんですよ」

その言葉に、ハッとした。
何気ない思い出話だけど、僕が見落としていた大切なことが入っていたから。

「ありがとう、タマキ君」

大切なことに気付かせてくれて。
にっこりと微笑んでみせると彼女も次に僕がするべきことが分かったらしく、ぽんと僕の背中を押した。

「ソウジ先輩、行ってあげてください。
…私の後輩を、お願いしますね」










カイト君の家の場所は、以前キュービック君が腕輪を解析してくれた時、カイト君たちを研究室に呼ぶために一度訪れたことがある。ノノハ君も同じマンションだから必然的に彼女の家も知っていた。どちらから訪問するか少し迷って、まずはカイト君の家から確認することにした。ギャモン君がノノハ君にとどまる指示を与えてから長い時間が経ってしまったけれど、彼女はそのままいる可能性が高いからだ。静かに扉を開けると、

「カイト!?…あ、軸川先輩…」

部屋の真ん中に座り込んだまま振り向いた彼女が最初に呼んだのは、僕の名前でも連絡を待っていたはずのギャモン君でもなく、行方の分からなくなった幼馴染みのそれだった。僕だと知って一瞬落胆した表情を見せたが、すぐに笑顔を作ろうとする。来客にあからさまに残念な顔を見せるのはいけないと思ったかのような、またその一方で、何も情報が無い中で知っている人が来てくれて安心したかのような、複雑で違和感のある笑顔。…つらそうな笑顔。

「ごめんね、カイト君じゃなくて」
「いえ…。軸川先輩はカイト、知りませんか?どこに行ったかとか…」
「それは、」

ゆっくりと周りを見回す。床には物が雑然と置かれて、主がいなくなったとは思えないほど生活感の残る部屋。机の上にはノノハ君が持って来たであろうおにぎり、そして…目的の物。僕はそれを手に取ると、包み込むようにして今回のソルヴァーの手に乗せる。木で作られたキューブ型のパズル。

「…自分で見つけられるはずだよ。おそらく、ノノハ君が楽しんでるうちにね」

きっと、それが今回のギヴァーの望みだから。

「焦らなくていいよ。だから今日はゆっくり休んで、落ち着いたらパズルの声を聞いてあげて」

彼がパズルを解きながら何度も伝えていた言葉。たとえ愚者のパズルでももう人殺しなんかしたくない、解いてほしいって叫んでいる、このパズルは解かれたがっている――。カイト君とずっと一緒にいたノノハ君なら、その気持ちは覚えるを通り越して心に刻み込まれているはずだ。
ノノハ君は僕の言葉に一瞬目を見開いてから、思い出したように涙を流した。気持ちの整理はまだついていない。悲しさ、悔しさ、強がる気持ち、どれもごちゃごちゃに混ざっている。それでも、いつか太陽を追いかけていけるから。僕はノノハ君が泣き止むまで静かに背中を擦って、彼女から溢れる感情をすべて、ただ肯定し続けた。



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