3期25話カイノノ

損な役回り

かつて飲んだユニオンジャックのアップルジュースは酸っぱかった。
カイト君が渡英した先で病院へ搬送され、ノノハ君は誰よりも心配しているのに彼の前では気丈に振る舞い、それをアナ君が支え、キュービック君は一人で抱え込み、しかしそれらに気付かないカイト君に対してギャモン君が苛立つ。皆それぞれ誰かを思って行動しているのに、歯車が噛み合っていなかった、あの時。

「ふぅ…やっぱり少し酸っぱいね」

不穏な空気を気にしないようにアップルジュースを飲む。奇しくも今日持っているのはいつもの赤いパッケージではなく、緑のもの。急に飲みたくなって取り寄せたものが昨夜届いたのだ。
よりによって、このタイミングで届くなんてね。



様々な機械と書類で埋め尽くされた、キュービック君の研究室。ギャモン君の手によって僕らはそこへ集められた。僕は図書館へ向かう途中偶然会って、アナ君は猫友との遊びを優先させようとしたところ猫のように首根っこを掴まれて、そしてキュービック君は研究室に押し入られる形で。半ば無理やりといった様子だが、当のギャモン君も動揺しているのだろう。
アップルジュースを飲む僕を横目で見てから、ギャモン君は話を切り出した。話題は予想通り、突然いなくなったカイト君のこと。

「俺は今朝ノノハから聞いた。そのノノハもかなり困惑しているようだったけどな」
「ノノハ…」

今ここにいない彼女を思い、アナ君が悲しげに眉を下げた。ギャモン君はそれを横目で見てから、足りないピースを探すように淡々と問いかける。

「お前らは何か知ってんじゃねぇか?猫友だの虫メカだの、情報源の信憑性はともかくとして」
「……」

重苦しい沈黙。
最初に口を開いたのはアナ君だった。

「さっきそれを猫友に聞いてたんだな。なのにギャモンが中断させちゃった」
「うっ…それは悪かった」
「ギャモン、猫ノ手モ借リタイ」
「テメーは黙ってろイワシミズ!」
「ギャモン、ロボノ手ハ借リタクナイ」
「イワりんかわいそー」
「いちいちうるせぇな!つーか言われなくても借りるつもりだっての。キュービック、お前は何か知ってんだろ」
「し、知らないよ…」
「はぁ?お前なぁ…いつも奇抜なメカ作ってんだろ。情報得る手段ならいくらでも…」
「奇抜ナメカ、奇抜ナメカ…」
「イワりんショック受けないで」
「だからお前らは黙ってろって!」
「あーもう!本当に知らないってばー!ギャモンこそ黙っててよ!」
「何だとぉ!?」
「まあまあ、落ち着いて」

キュービック君の感情が爆発しギャモン君が喧嘩腰になりかけたところで、さすがに止めに入る。案の定、ギャモン君の疑いの矛先は僕へと向けられた。

「そういや、軸川先輩にもまだ詳しい話聞いてませんでしたよねぇ」
「ははっ、そう焦らずに」
「そう言ってはぐらかされんのはゴメンだぜ」

目をそらさずこちらを睨むギャモン君。慣れっこだけど彼の強面はやはり凄みがある。そんなピリピリした状況を破ったのはまたしてもアナ君だった。何が何だか分かっていない、素っ頓狂な声をあげる。

「ほぇ、ソウジ秘密にしたいことでもあるの?」
「秘密、秘密。内密、隠密、和菓子はあんみつ、yeah♪」
「イワりんラップ上手ー!」
「韻踏んでんじゃねぇよ!」

ギャモン君が思わずツッコミを入れた隙をついて、まずはアップルジュースを一口。味に多少慣れたせいか、最初ほどの酸味は感じない。ほっと心を落ち着けてギャモン君を見ると、彼は完全にアナ君とイワシミズ君のペースにはまっていた。ならば、その間にもう一つ。

「キュービック君」

彼は助手の暴走にも注意せず、そっぽを向いて定位置に座っていたが、呼び掛けに反応してちらりとこちらを見る。

「…軸川先輩も僕を疑うの」
「うーん。僕と同じかなとは思うけどね。本当に知らないかい?」

先程のキュービック君の感情の表出。それを見る限り、彼の持つ情報はたぶん僕と同じ。キュービック君はカイト君のことになると意地でもそれを貫こうとして、途端に隠し事が下手になってしまうから。
瞬間的にそう読んで、僕はキュービック君に見えるように携帯の画面を向けた。

「軸川先輩、これ…!」

目を丸くして驚くキュービック君の声に、騒いでいたギャモン君たちも気付いたのが気配で分かった。静まった研究室の真ん中で、僕は説明する。

「昨夜、カイト君から届いたメールだ。きっと旅立つ直前に送ったんだろうね。行き先は書かれていなくて、武者修行に行くことと皆への感謝、卒業式に出席できないことへのおわび。それと…ノノハ君にはパズルを解いてほしい、と」

話しながら、僕がオルペウス・オーダーを調査するため√学園を離れた日のことを思い出していた。「旅に出る」と、カイト君だけにはメールを送った日。
まったく、行き先を書かないところまで僕のマネをしなくてもいいのにね。

「…僕の持っている情報はこれだけだ。キュービック君はどうだい?」

話を振ると、彼は目を少し潤ませながらも素直に話し始める。

「僕も数日前、似たようなことをカイトから言われたんだ。武者修行に行くから、ノノハには居場所も解き方も教えるなって…。だから、虫メカも使わずにいたんだ…」
「キューたろう…」
「ありがとう、話してくれて」
「けっ、カイトの野郎…カッコつけて結局ノノハを悲しませてんじゃねぇか」

しんみりした空気を現実に戻すように、ギャモン君が独り言をこぼす。彼がここに皆を集めたきっかけはノノハ君であり、ここで話したことはノノハ君にも共有されてしかるべき…なのだが、「ノノハ君には解き方を教えない」だなんて、傷心の彼女にはあまりに酷な宣告だ。
…だから。

「ノノハ君には僕から伝えるよ」
「は?でも…」

抗議しかけたギャモン君を手で制して、言葉を紡ぐ。

「だから皆は明日ノノハ君をいつも通り迎えて、支えてほしいんだ。それは僕より、一緒にいる皆のほうが得意だろう?」

損な役回りなら慣れている。
お決まりの笑顔を向けると、誰一人として反論しなかった。



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