はたらくハロウィン

番外編・再び君と巡り会う日

細菌に襲われそうになっていた赤血球を助けて、うっかり付けてしまった返り血を流しに彼女を洗い場まで案内して、その道中では思いがけずハロウィンのお菓子までいただいて…まぁ、大半は甘い物が好きな赤血球に食べてもらったけれど。
そうしてささやかなハロウィンを満喫し、赤血球と別れてしばらく経った頃。俺たちは本日何度目かの再会を果たした。

「白血球さーん!」

明るい聞き慣れた声で後ろから呼ばれて、当たり前のように振り向く。さすがにパトロールのたびに毎回出会えるとは思っていないが、いちいち大げさに驚いたりしない程度にはもう慣れている。
だが、駆け寄ってきたのはいつもの制服姿の赤血球ではなかった。…いや、そこにいるのは確かにいつもの赤血球なのだが、服装が明らかに違う。中央がへこんでいる特徴的なキャスケットも、帽子に付いているはずの識別番号のプレートも見当たらない。無造作に晒け出された赤いショートヘアが、彼女の走りに合わせて元気良く揺れた。
近付いてくる姿をよく見れば、ジャケットの雰囲気もなんだか少し違う。短めの丈で快活な印象だったものが、今はワンサイズ大きい服になっており、袖だって腕まくりをしても肘が隠れる程度の長さだ。
そして彼女の左腕には「赤血球」と書かれた腕章。初めて見たはずなのにどこかで見たことがあるような、不思議な思いが去来する。

「赤血球?その格好は…?」

隣に追いついた赤血球に、気になって尋ねれば、彼女は服装が違っても普段と変わらない明るさで答える。

「さっき先輩に呼ばれて骨髄に寄ったんですけどね、ハロウィンには怖い細菌の霊だけじゃなくて、先祖の霊も帰ってくるそうなんです。それで、私たちも前の赤血球の制服を着て循環することになって!」
「そう、なのか」

よくぞ聞いてくれましたとばかりに話す赤血球には悪いが、つい戸惑った相槌が漏れた。細菌が霊になって戻ってくるどころか先祖まで帰ってくるとは、もはやハロウィンは何でもありじゃないか。彼女のことだ、騙されていないかと心配になるけれど、赤血球たち全体でそういった催しをすると決まっているのであれば、部外者の俺から余計な口出しはするまい。
おそらく様々な文化の風習が、情報としてのみ伝わったからこんなことになったのだろう。この身体は特定の宗教を信仰していない。だから、例えば断食と呼ばれる事態にはこれまで遭ったことがないけれど、その代わり楽しい行事は何でも祝う。イースターも花見もお盆もクリスマスも正月も定期的にやってくるのだと、以前他の細胞から聞いたことがあった。きっと、先程なんだか見たことがあるように感じたのも、そういった資料や昔の写真をどこかで何かの機会に見たからかもしれない。
そんな俺の心情などまったく知らない赤血球は、不自然になってしまった相槌にも気付かずに、尚も嬉々として話し続ける。

「はい!でも前の制服は帽子がないデザインで、服の色も少し違うので、混乱をきたさないように一循環だけなんですけど…」

赤血球はそこで一度言葉を切ると、少し逡巡した後、まっすぐにこちらを見上げた。隣同士から互いに向き合って、ちょうど真正面から対峙する立ち位置。
帽子のない赤血球が、眩しそうに目を細めて告げる。

「だから、また白血球さんに会えて良かったです!」

ぱぁっと、まるで花が咲いたようなとびきりの笑顔。それを真正面から向けられて、なぜだか妙に懐かしい心地がした。
赤血球とは異種細胞の割によく会っているから、懐かしいなんて感情はおかしいのだけれど。現に今日だって一日のうちに何度も会えている。懐かしさを覚えるにはあまりにも短時間だろう。
それでも、まるでずっとこうやって笑いかけてくれる日を待ち望んでいたような、くすぐったい感覚が胸の奥に湧き上がる。怯えた顔でも泣き顔でもない、ただただ平和な笑顔をずっと待っていた。
一循環しかしない珍しい制服姿とはいえ、彼女に会うこと自体は特になんてことのない再会のはずなのに。彼女だってきっと、制服を見せたかっただけで、今の言葉にはそれ以上の意味なんて込めていないはずなのに。赤血球の笑った顔だって、これまで交流して何度も見ているはずなのに。

「……」

何か言おうとしても言葉にならなくて、愛おしくて…気持ちの向くままに、そっと左手を伸ばす。
そうして、一房だけぴょんと跳ねる彼女の特徴的な髪を、手袋越しに優しく抑えた。

「白血球、さん…?」

赤血球が不思議そうに訊いてくる。その大きな琥珀色の瞳に映る自分は、片目を隠していても分かるほど優しい笑みを浮かべている。
ずっとずっと、待ち望んでいた瞬間。やっぱり彼女には笑顔がよく似合う。

「…いや。何でもない」

ふっと笑って手を離し、俯きながら顔を背ける。さすがに赤血球本人に伝えるつもりはない。こんな、自分でもよく分からない懐かしさを感じた、なんて。
代わりに赤血球の追及から逃げるように、自身の帽子のつばを少し下げた。

「その髪を抑えた方が、今よりも仕事ができるように見えたからな」
「えっ!?アホ毛ですか…?」

赤血球はぎょっとした表情を見せると、慌てて手櫛で髪を整え始める。しかし鏡を見なくても癖っ毛が直っていないのは自分で分かるらしく、今度は困った顔でジャケットとショートパンツのポケットを探す。
そういえば、赤血球が普段使っているウエストポーチも昔の制服には含まれていないのか、今は少々不便そうだ。彼女にとっては必需品の大きな地図さえ、ちゃんとどこかのポケットに携帯できているのか分からない。むしろ本当に必要最低限の道具だけ、という意味では、ウエストポーチと一緒に泣く泣く預けている可能性が高い。どうせ地図を見ても迷うんだから、と説得される様子が目に浮かぶ。

「うー、どうしよう…。何回とかしても跳ねるし…ヘアピン持ってたっけ?」
「その方がお前らしいよ」
「うーん…?そう、なんですかね…?」

このまま悩まれても困るので、一言、フォローだけして歩き出す。比較的自由に行動できるパトロールとはいえ、さすがに立ち止まったままでは示しがつかない。
赤血球は俺の発言を褒め言葉として受け取っていいものかしばらく迷っていたけれど、俺がそれ以上話し出さないと分かると、諦めて隣に並んで歩き出した。ガラガラと台車の音だけが響く。

「あっ、ところで。白血球さんたちは、前の制服を着たりしないんですか?」
「あぁ。細菌と戦いやすいように改良を重ねてこの形になったらしいからな。持ち歩くナイフも今より少なかったそうだ」
「へぇ…」

赤血球は説明を受けて、代わり映えしない俺の制服を上から下までまじまじと見つめる。頼むから前を見て歩いてくれと思うが、俺が彼女の分まで前方に気を付けていれば済む話でもあるので黙っておく。
何でもない風を装って歩きながら、赤血球の視線をさりげなく盗み見る。両足と腰に装備したナイフは、鞘に収まっているものの形だけでそれだと分かる代物で、客観的に見れば明らかに物騒だ。更には、外からは見えないが分解スプレーも携帯している。必要だから今の制服になったとはいえ、これでは非戦闘員に怯えられても仕方ないだろう。
…それでも。隣にいる彼女はそういった恐怖をあっさり飛び越えて、いつも嬉しそうに微笑んでくれるから。

「赤血球」

呼んでやれば、彼女は素直に顔を上げる。
きっと今の赤血球は、お守り代わりの地図を持っていないだろうから。

「…一緒に少し歩くか」
「はい!」

赤血球はまた元気に返事をして、俺の隣に並ぶ。
それとなくお届け先を聞き、そこまでの道順を口頭で軽く示してやれば、赤血球は目を輝かせて賛成してくれた。途中で運が良ければ、パラトルモンが分泌される瞬間を見ることができるかもしれない。
どうかこのまま一循環、無事に過ごせるといい。
そして再び、いつもの制服に戻った赤血球と巡り会えるように。悲しい別れではなく、いつもの日常で笑って再会できるように。俺が守っててやろうと、白血球として当たり前のことを胸の奥で誓った。



fin.

(赤血球の制服、白血球の思い、パラトルモンなど、全体的に「細胞の話」をイメージしています。1146番とAE3803番の話なんだけど、心の奥底で「生まれ変わってもちょっとだけ覚えている」というか。)

2020/10/31 公開
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