Cells at Work

免疫系のあり方

好中球が笑うところを初めて見た。

アイツは俺らT細胞と同じ免疫細胞で、敵の排除が仕事だ。敵は侵入してきた細菌だけでなく、ウイルスに感染した細胞やおかしくなった細胞。それが知り合いだったとしても同情の余地はない。だから免疫系が他の細胞とつるむことは滅多にない。俺の仲間のキラーT細胞でさえ、敵を殺せない奴は仲間であろうと脾臓送りだと常々言っている。
その仕事観は好中球も持っているはずで、今までは仕事が一緒になってもアイツは無表情で淡々と任務をこなしていた。一般細胞に言わせりゃ「怖い」顔で敵を食い、容赦なくナイフで殺す。アイツが特別そうだというのではなく、好中球はだいたい皆あんなモンだ。
だが、その好中球の中でもアイツは特に笑わなかった。他の好中球は敵を見つけて不気味に笑ったり、応援に来た知り合いと会って嬉しそうにしたりするのに、アイツは表情を作るのが苦手なのかと思うほどにポーカーフェイスを崩さない。
キラーT細胞をまとめる俺から言わせてもらえば、せっかく自分の力で楽々と敵を倒せるんだから日頃の鍛練の成果を噛み締めるなり、仲間と勝利を喜ぶなり、もっと嬉しそうにすればいいのにと思ったこともある。

…しかし、あんな笑い方は望んでいない。
あんなヘニャリとした、平和ボケの顔ではない。

殴った勢いで地面へと倒れ込んだ好中球。ソイツに背を向け、づかづかと歩く。怒りが歩調を荒々しいものに変えた。
怒りは羨望の裏返しだ、自分がやってはいけないと思っていることを相手がしているから腹が立つんだ…とはよく言うが、決して羨ましくなんかない。
むしろアイツには頭を使ってほしいぐらいだ。赤血球は酸素や栄養分を運んでいるため狙われやすく、その割には簡単に溶血する。俺ら免疫細胞は少しくらいケガをしても治るが、赤血球はその少しのケガが溶血に繋がり命を落とすこともあるのだ。そんな奴とホノボノして、いざという時にホノボノが抜けなくて守れませんでしたじゃ済まされない。
だが、忠告してやってもアイツはこれからあの赤血球と話すのだろう。バカだから忠告など守りもせず、これからも相変わらず仕事以上のお節介を焼くのだろう。まったくバカな奴だ。

歩いていった先では、B細胞が一般細胞と話していた。抗体を発射する武器を改良したとかで、一般細胞も興味深げに聞いている。そんなことを知ったところで細胞分裂が仕事の一般細胞には何の役にも立たないはずなのに、なんだか二人とも楽しそうで。

「…クソッ」

ムカついて殴った壁には、軽くヒビが入った。



fin.

(血小板ちゃんの仕事を増やすなー!)

2018/08/05 公開
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