第三話 気乗りしないデート

 ファティマは帰宅後、自室で厚紙にムエットのような小さな紙片を並べ、一つ一つ糊付けしていった。十数枚並べて糊付けすると、乾いた後に薬品を染みこませてゆく。薬品を配置する順番は自分の中で決めている。これは簡易毒物判定シートだ。ファティマはいつ毒殺されるか、いつ薬を盛られてレイプされるかを非常に警戒しており、いつも20枚ほどこの検査シートをポーチに忍ばせて、出された食事を検査している。無論この検査シートで鑑別できない毒物や薬物も存在するが、鑑別可能な薬物や、手持ちの試薬で試せるものはこのシートで一目瞭然だ。
 「あのクソパール…やたらと品数の多いコース料理食わせて……。検査シート使い切っちゃったじゃないの……。さらにバーなんかに連れていかれたら絶対薬盛られるわ。冗談じゃない。むしろこっちがアイツを毒殺してやる。死ね!」
 呪詛をこぼしながら慣れた手つきで検査シートを作るファティマ。このシートはまだファティマが学生だった頃に独自で考案したものだが、現在はもっぱらカスパールとの食事にしか使用していない。カスパールがしょっちゅう食事に誘ってくるので、検査シート作りが追い付かないほどだ。
 ファティマはいつも元気のなさそうな顔をして、伏し目がちに食事をして見せているが、それはテーブル下で食事を検査していることがばれないようにするための演技だ。試した検査シートを流れるような手つきで捨てるために、足元には口の開いた紙袋をスタンバイさせている。この方法で今のところバレずにすべての食事を検査することが可能だった。
 ファティマはどうやったらカスパールとの婚約から逃れられるかについて、検査シートを作りながら延々考え続けていた。
 ああ、願わくは、人畜無害そうな優しい人が、拒絶反応の起こらない奇跡のような男性が、目の前に現れて自分を奪い去ってくれないだろうか。
 そんなことを考えるたび、悉く男性にアレルギー反応が起こってしまう自分にうんざりしてしまう。男性のことが平気になれたら、今よりずっと生きやすくなるのに。
 ――トラウマが。幼い頃に自分を苛んだ非道な仕打ちが。精神の奥をぐしゃぐしゃに歪めてしまった。歪められささくれ立った心に少しでも触れるようなことが起きると、反射的に体が拒絶反応を起こしてしまう。
 全人類が自分の脅威になるとは思っていない。だが、歪められた心が、本能に刻まれた警戒心が、全人類に対して針のような毛を逆立ててしまう。
 ファティマの心はいつも葛藤していた。
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