BadTrip

 エンリーケの一家とヴィクトールの親子は、ファミリーレストランでテーブルを囲んでいた。
 子供が大きくなるころには、エンリーケの一家はあの家から近くの家に引っ越した。あの家には現在ヴィクトールの一家のみが暮らしている。
 「それにしてもファティマ遅いな」
 エンリーケが子供のために大皿料理を小皿に取り分けながら言った。
 「残業も多いし、夜通し帰ってこないこともあるぞ」
 ヴィクトールはファティマの身を案じていた。娘が不満を漏らす。
 「ママいつも家にいないの。いつも薬臭いの。うちはパパがママみたいなの。ママ家で何にもしないもん」
 ヴィクトールは苦笑する。
 「そんな言い方するなよ。俺達はママが働いたお金で暮らしてるんだぞ?それに、家族の役割はパパもママも関係ない」
 「みんなの家うちと逆だもん。ママがいつも家にいて、美味しい料理作って、パパが遊んでくれるの。うちは逆!」
 エンリーケがヴィクトールの娘に語り掛ける。
 「みんなと同じじゃなくてよかったじゃないか。自慢のママだろ?ママは天才薬剤師だぞ?」
 「むー。でももっと遊んでほしい」
 幼い娘はむくれてみせる。と、そこへ。
 「遅れてごめーん!!あたしいつも遅刻しちゃうわね!ごめんね!」
 コートを脱ぎながらファティマが入店してきた。
 「遅ーい!」
 「お疲れ様、ファティマ」
 ファティマは念願叶って薬の研究員になった。最近流行している感染症の新薬開発のために、朝も夜もない生活をしていた。
 ヴィクトールがグラスを掲げる。
 「じゃ、ポルトフで暮らし始めて10年目の記念に、乾杯!」
 「かんぱーい!」
 エンリーケの妻ヤスミンがファティマに話しかける。
 「羨ましいわ、ファティマ。あたしももっと頭良かったらあなたみたいにバリバリ働くのに」
 ファティマは微妙な気分になる。
 「仕事ばかりしてると子供が懐かないわよ?あたしは困ってる。まあ、この仕事を選んだのはあたしだけど」
 「また今度の休みに子供たちの勉強見てやって。もう子供の勉強難しくてあたしついていけないの」
 「オーケー、任せて」
 と、エンリーケの息子がヴィクトールの娘の大好物を奪って食べてしまった。
 「あ!それあたしの!」
 「悔しかったらこっちにおいで―!」
 二人は椅子から降りて店内を走り回り始めた。慌ててファティマとヤスミンが追いかける。
 「こら!騒がないの!」
 記念日の夜は更けていく。
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