あと10年早く生まれてたら

 あたしがあと10年早く生まれてたら、貴方はあたしのこと好きになってくれた?

 あたしの好きな人は、あたしより10歳年上。自称ミュージシャン。実際はただのクズ。親のすねかじり。だけど、演奏してるときはすごくかっこいい。
 「バンドメンバー見つかった?」
 「いや、まだ。いいんだ、音楽なんて最低打ち込みで何とかなる」
 普段はメールか電話で話をするだけ。滅多にあたしと遊ぼうとはしない。それ以前に、あたしなんか相手にしていない。
 「今度ライブあっから来てもいーぜ」
 「どこで?」
 「SIXo'clock。20時から」
 彼のバンドメンバーは彼だけ。彼がギターボーカルをやって、あとは音楽プレーヤーのカラオケで演奏する。
 あたしは先月20歳になったばかりで、SIXo'clockのカクテルをいろいろ飲み比べしている最中。カクテルって面白い。彼がお酒に溺れるのもわからなくはないかもしれない。お酒って、なんかすごく楽しい。
 彼は1曲目2曲目に激しいロックを演奏した後、しんみりしたバラードを歌った。流暢な英語で、なんて歌ってるのか部分部分しかわからなかった。5曲演奏して、彼は楽器を片付けて、お酒を飲みながら他のミュージシャンの演奏を聴いた。
 「3曲目のバラードすごくよかったよ。英語なんだね。なんていう歌だったの?」
 彼の隣に座って、お酒でふわふわした頭で彼と話す。
 「昔の女の歌だよ」
 その言葉に、私のハートの脆く弱い部分が抉られた。彼はいつもそう。私といううら若き乙女が目の前にいながら、昔の女の歌ばかり歌う。
 「そんなにその人のことが好きなの?」
 「さあな。今はよくわかんね」
 あたしはちょっとムキになっておねだりした。
 「あたしの歌を作ってよ」
 彼は苦笑いしながらウィスキーを一口口に含んだ。
 「♪めんどくせえガキが俺に付きまとう♪俺と一緒に道を踏み外してえのか♪ってか?」
 めんどくせえガキ……。酷い。あたしもう20なんだけど。
 「酷い。あたしもう20だよ」
 「なんで俺に構う?俺は人間のクズだぞ」
 知ってる。でも、どうしようもなくかっこいいんだもん。
 「アル中の治療したら付き合ってあげてもいいよ」
 「アル中って言うな。酒好きなだけだ。それに、俺と付き合うのはやめとけ」
 なんでわかってくれないのかな。あたしはカクテルグラスの中のスクリュードライバーを一気に飲み干した。一瞬猛烈に吐き気がして、目が回って頭が痛くなったけど、お酒の力が欲しかった。
 「あたし貴方の歌好きだよ。貴方カッコいいんだから、もっと生きようとして。死なれたら、あたしも死ぬ」
 そういって、彼の唇にキスした。
 彼はあたしの肩をゆっくり押して、あたしを引きはがした。
 「そういうのは、本当に大事な人のためにとっとけ」
 「あたしにとってはあなたが一番大事だよ」
 すると、彼は寂しそうな目で短く息を吐いた。
 「お前はまだ若い。こんなろくでもねえおっさんに、しがみついちゃだめだ」
 「あたしがあと10年早く生まれてたらよかったの?」
 すると彼は遠い目をして、
 「あと10年かあ……。そんときゃ多分、お前とは会わなかったと思うな」
 彼は昔のことを語らない。いつもあたしのことを相手にしない。いつも寂しそうな眼をして、昔の女性のことばかり歌ってる。
 定職にも就かずに、毎日お酒飲んで、引きこもって、音楽ばかりやっている。
 あたしの好きな人はクズだ。でも、音楽やってるときはいつもカッコいい。
 あたしがあと10年早く生まれてたら、貴方の理想の女性になれていたのかな。

The end.
1/1ページ
スキ