第十七話 愛と憎の「憎」だけを

 「さっさとくたばっちまえよ。何なら今すぐ苦しまずに殺してやろうか?」
 「ヴィクター!」
 ヴィクトールは動揺を見せないよう努めたが、内心マノンに同情し始めていた。
 (運命か……。最期に会えて、よかった……?よかったの、かな……?)
 「お兄さん、あなたの母への恨みは、想像するに余りあります。でも、安心してください。母は、実の両親に捨てられた僕を、本当に優しく育ててくれた。実の両親には何の感情もない僕ですが、母には、マノン母さんには、本当に感謝しているんです。最期まで、僕が大事に看取ります」
 ヴィクトールにとっては複雑なところだ。ルイスが虐待されていないことに対する安堵と、なぜルイスは虐待されず自分はあんなひどい目に遭わされたのかという嫉妬、マノンの余命への憐憫と、マノンの改心への喜びと憎しみ。口に出すには複雑すぎて、自分ではこの感情を処理しきれない。ヴィクトールは居心地の悪さのあまり、ここから立ち去りたくてたまらなくなった。
 「もういいよ。マノン。あんたには、もう何の感情もねえ。ただ、あんたへの憎しみだけは一生消えねえ。死ぬ最期の瞬間まで俺に懺悔しろ。あんたはそれだけの罪を犯したんだ」
 「それに」と、ヴィクトールはつづけた。
 「俺には今、あんたよりよっぽど愛している人がいる。こいつだ。ファティマ。こいつは俺の心の傷を包み込んで癒してくれた。だからもう、あんたを殺すのも馬鹿らしいし、もうあんたへの執着もねえよ」
 ヴィクトールは立ち上がり、ファティマの肩に触れた。
 「帰ろうぜ、ファティマ」
 「う、うん」
 玄関まで出てきた二人を見送るルイスとマノン。マノンはヴィクトールに最後に声を掛けた。
 「ヴィクトール。ほんとにごめんなさいね」
 ヴィクトールは振り返らず、
 「一生許さねえ。一生憎んでる」
 と言い残して立ち去った。
 彼らの家が小さく見えるところまで離れてから、ファティマはヴィクトールに訊いてみた。
 「最期までそばにいなくてよかったの?」
 「ん?あと5カ月もか?くたばるまで待ってらんねーよ」
 そう言ってヴィクトールはあの家を振り返って立ち止まった。
 (ホントは今でもあんたのことが好きだよ、マノン。でも、ぜってー言わねー。あんたには俺の憎しみだけくれてやる。そうやって一生後悔しててくれ。それで俺の初恋は報われる)
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