第十七話 愛と憎の「憎」だけを

 救急車が病院に到着し、本格的に傷の処置が施されると、二人は入院するほど重傷でもないということで、その場で帰された。救急外来の長椅子で並んで座る二人。マノンは元々車椅子だったため、長椅子の隣で車椅子に座っていた。
 「サントスさん、ありがとうね。助かったわ」
 全くこちらに気付いていないマノンの様子に、ヴィクトールはカッと頭に血が上った。鬼の形相でマノンを睨み、地獄から湧いてくる声のように低い声でマノンに問い返す。
 「サントス?俺が判らねえのか、マノン。俺はヴィクトールだ。忘れたか?」
 「ヴィクトール?はて、どちらのヴィクトールさんかしら?」
 ヴィクトールは立ち上がり、マノンに向かい合って彼女を見下ろした。
 「忘れたとは言わせねえ。昔お前が気まぐれに拾い、育て、虐待し、性奴隷にして、挙句勝手にとんずらして捨てた、ガキンチョのヴィクトール、それが俺だよ。思い出せよ。そんな短い付き合いでもなかったはずだろ?」
 ヴィクトールの告白に、マノンの顔色が変わった。生きていたのか。死んだと思っていた。なぜこんなところにヴィクトールが?あの場所からどれほど離れたというのか、逃げて逃げてここまで逃げて来たのに。なぜあのヴィクトールが……。
 「あれから俺がどれだけ苦しんで生きて来たかあんたには想像もつかねえだろうな。地べた這いつくばって泥水をすすって生きてきた俺の苦しみが、人生添い遂げようと思うほど愛してたあんたにある日突然捨てられた苦しみが、あんたには解んねえだろうな……!」
 ヴィクトールは腹部のポケットから銃を取り出し、マノンに狙いを定めた。
 「ヴィクトール。ああ、あれは、違うの。ごめんなさい。幼いあなたを、置き去りにして。私あれから何度も懺悔しながら生きて来たわ。後悔してるの。お願い、許して」
 「懺悔?神様に懺悔しても俺にはちっとも恩恵ねーよ。懺悔するならその命かけて俺に直接懺悔しろ」
 「ごめんなさいヴィクトール。ごめんなさい。私、ずっとあなたが気がかりだった」
 丁度その時、連絡を聞いていたファティマが駆け付けた。そこで彼女はすぐに状況を察知した。
 「ヴィクター!ダメ!銃を仕舞って!!」
 愛しの彼女の声に、ヴィクトールの殺気が一瞬薄れた。
 「ファティマ」
 ファティマは彼らに駆け寄り、間に割って入った。
 「ヴィクター、まさかこの人、あの人なの?」
 「ああ、そうだ。あのマノンだ。まさかこんなところで再会するとはな」
 「あ、あなたは……?」
 「あたし?あたしは、ヴィクターの、何だろ、連れ?」
 ファティマは曖昧に答え、はにかんだ。と、そこへ、マノンの息子も駆け付けた。
 「母さん、撃たれたってどうしたの?大丈夫?」
 「母さん……?」
 その男の登場に、ヴィクトールの顔が般若のように歪んだ。
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