第十六話 エンリーケ再び

 エンリーケは幼少期、酷いDV癖のあるアル中男を父に持ち、母とDVに耐える生活を送っていた。思えば母はいつも体調が悪かった。それは、母はDVに加え毎晩暴力的なレイプを受け、身籠っては流産し、出産してもすぐに子供を殴り殺されるような生活をしていたので、常に妊娠状態が途切れなかったためだ。
 エンリーケはたまたま頑健に生まれついたため父のDVに耐えすくすくと成長したが、弟や妹を2~3人父に殴り殺されている。
 何人目だかわからない子を妊娠し、無事にお腹の子が育っていることを確認した母は、この子だけは助けたい、と、妊娠中にエンリーケを連れてDVシェルターに飛び込んで保護された。エンリーケが10歳の頃である。
 後に母が父のDV被害と過去の殺人を警察に通報し、裁判の末、父は逮捕された。
 その後数年間は幸せな生活を送っていた。10歳違いの妹は可愛くて仕方なかった。体の弱い母と幼い妹を助けるため、エンリーケは中学を卒業すると上京して就職し、離れて暮らす母と妹に仕送りした。家族のためなら何でもできると、厳しい仕事にも耐え真面目に働いていた。
 しかし、上京して翌年、父が刑期を終えて出所した。そして訪れたのは母と妹へのストーカー行為である。母はもう二度と捕まるものかと、エンリーケのあずかり知らぬ土地へ引っ越したと電話で連絡が入った。エンリーケは、母と妹の逃亡生活のために金が必要だった。そして、堅気の仕事より簡単で高収入という言葉につられて、現在の組織に入ったのである。
 エンリーケは母と妹のために母の通帳へ仕送りし続けた。今どこに住んでいるかわからないが、生きていてくれさえすれば、彼女たちのために働ける。そして、同じ悲惨な人生を歩んできたヴィクトールと知り合い、心の傷を共有した仲間として、彼と親友の誓いを結んだのである。
 彼にとって、母も妹もヴィクトールも、大きな心の支えだった。誰も失いたくなかった。だが、信じていた組織にヴィクトールを裏切れと命じられ、母と妹を危険に晒してしまった。
 「こんな組織に入った俺が馬鹿だったんだ。誰も死なせねえ。ファティマもひっくるめて四人とも助ける。どうすればいい?考えろエンリーケ。四人とも助けるんだ。俺がうまく立ち回れば、誰も失わずに済むんだ。失いたくねえ。失うぐらいなら俺は死んでやる」
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