第十四話 終わりにしよう

 ヴィクトールは顔を上げ、月光に照らされた愛しい顔を見上げた。
 「ごめん、俺、お前にずっと秘密にしていたことがある」
 「……何?」
 月光を受けてきらりと宝石のように輝くヴィクトールの眼は、背筋も凍るような鋭さがあった。告白を聞くのが、なぜだかたまらなく怖い。だが、ファティマは覚悟を固める。
 「俺、……お前のことが好きなんだ」
 「……」
 ファティマは何も言えなかった。謝られる意味が分からない。その沈黙を誤解したヴィクトールは、立ち上がり、パーカーの腹部のポケットから、拳銃を取り出して銃口をファティマに向けた。ヴィクトールの目から、一筋の涙が流れ、光を反射して輝いた。
 「軽蔑しただろ。俺が怖いか?怖いだろうな。こんな、犯罪者に、誘拐されて、惚れられて、自分に都合がいいように飼い慣らされて、終いには好きです、なんて、軽蔑されてもおかしくないよな。いいぜ、軽蔑してくれて。俺のことが怖いだろ。もう、この逃亡の旅も終わりだな。エンリーケにも裏切られて命を狙われる始末だ。俺にはもう何も残されてない。終わりにしよう。何もかも。お前を殺して、俺も死ぬ」
 ファティマは心の底からこの男が怖いと思った。「嫌われるぐらいならブチ殺したくなる」と、先日確かに言っていた。だが、いざ銃口を向けられると、そこまで思い詰めていたのかと、そこまで覚悟を決めていたのかと考えたら、そのことがひたすら恐ろしい。
 「待って、早まらないで」
 「もう、無理だ。耐えられない。お前に嫌われるなんて辛くてたまんねえよ。死んでくれ。俺も死にたい」
 「待って、なんでそういう発想になるのよ。考え過ぎよ!そんなに簡単に死のうとしないで!お願い!あたしまだ死にたくない。こんなことで……こんなことで殺されるなんてたまった物じゃないわよ!」
 「もうやめてくれ、責めないでくれ。辛いんだ。そんな言葉聞きたくない」
 「じゃああたしも言うわ!」
 ファティマは覚悟を決めた。
 「あたしもあなたのことが好きなの。ヴィクター。だから、ね、キス、しましょう?」
 ヴィクトールは眼球が転がりそうなほど目を見開いた。
 (なんだって?いま、何て……?)
 ファティマはヴィクトールを宥めるように努めて優しく告白を続ける。
 「あたし、あんたほど優しい男を見たことがない。いつもあたしを気遣ってくれて、守ってくれて、男性恐怖症治そうなんて言って、ゆっくりあたしの苦手意識を解してくれた。そんな人、今まで居なかった。好きにならないわけないわよ。あたしが苦手意識を克服したのはね、ヴィクター、あんただけよ。ほんとは、全然、男性恐怖症、治ってないの。ただ、あなたのことが好きになったから、あなただけ特別、平気になっただけ。ほんとはとっくの昔に何されても平気なの。あなたになら、何されても平気。抱かれたって多分平気だわ。だから、怖がらないで。あたしはあなたを裏切ったりしない。どこにも行かない。あなただけのファティマ。ね?怯えないで。あたしを信じて。あたし、世界でただ一人、あなただけが好き」
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