第十三話 ギリエムの企み

 さて、ホテルで束の間の休息の時を過ごすファティマとヴィクトールに話を戻そう。二人は夕食をホテルのサービスで済ますと、中断していた男性恐怖症克服プログラムを再開した。
 「手を握っても大丈夫だったから……、次は何の練習したい?」
 ヴィクトールがファティマにテーマを要求する。内心ヴィクトールはもう合格でいいのではないかと思っているのだが、ファティマが練習したがるので、「恐怖症克服もなかなか根の深い問題だな」と溜め息をついた。
 「今日はね……どうしようかな。ハグの練習しようかな。ハグの練習だったら何とか頑張れると思う」
 「ハグか。まあ、できるようになっておいたほうがいいよな。ほら、来いよ」
 ヴィクトールが両手を広げて迎え入れる。ファティマはゆっくりとその広い胸に収まった。
 「これは……大丈夫か?我慢できそう?具合悪くないか?」
 ヴィクトールはこれまでにないほど密着する体に不安を覚えた。今までだったら絶対にファティマが発狂するような状況である。だが、ファティマは落ち着いている。
 「うん……大丈夫」
 「そうか。なら、ハグはクリアだな」
 そう言って体を離そうとするヴィクトールを、ファティマが腕に力を込めて引き留める。
 「もう少し、慣れるまで……」
 「解った」
 暫時沈黙が訪れた。ヴィクトールにとっては緊張する時間が、ファティマにとっては平静を保つための試練の時間が、ホテルの一室を満たしていた。
 ふと、ヴィクトールが沈黙を破る。
 「そういえば昨日……一昨日だったか?寝ぼけてお前を抱きしめちまったよな。あの時、大丈夫だったか?」
 「ああ……あれね。ビックリしたのが勝って、拒否反応どころじゃなかったわ。ヴィクトールがうなされていたのも心配だったし」
 「そうか。あれ大丈夫だったんだなあ……。今も大丈夫?」
 「何とか大丈夫ね」
 「そうか」
 そして再び沈黙が訪れる。ヴィクトールの胸にすっぽり収まる、小さな体。成長を阻害する薬の影響で、成長が不十分だったという、小さな体。抵抗を感じないというならば、今だけ、今だけは、この小さな体を独占しても構わないだろうか。ヴィクトールは少しずつ、恐る恐る抱きしめる腕に力を込める。
 (これが練習じゃなくて、ホントにファティマを手に入れたのなら、どんなによかっただろう。でも、あくまで練習なんだよな。そうだ。ファティマが男と付き合っても平気になる練習……。だから、こいつを欲しがっちゃいけない。いけないけど、今だけ。今だけは、俺だけのものでいてくれ……。お前は、俺を見捨てないでくれ……。いつか、いつか心にけじめをつけたら、お前を自由にしてやるから……)
 未練がましい想いを吹っ切るように、ヴィクトールは抱きしめる腕を緩め、体を離して努めて明るく言った。
 「結構大丈夫じゃんお前。よく頑張ったな。明日は何の練習する?」
 ファティマは宙ぶらりんになった腕を空中に泳がせたまま、ぼうっとヴィクトールを見上げた。
 「明日……そうね。明日は、何の練習しようかな……?」
 (べつに、もう、何でもいいんだけどな……)
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