おきゃ

そんな日が三年も経った頃だろうか。オキャは6歳になった。
そして、お腹に癌が見つかった。
オキャはみるみる弱って行った。
すっかり丘の上に連れて行けとせがまなくなり、毎日縁側で眠ってばかりいるようになった。
餌もよく吐くし、粗相はするし、とうとうオキャはもうダメなのか、と、私たちは覚悟させられる事になった。

ある秋の、日曜日の事だ。いつのまにか「ニャア」としか鳴かなくなっていたオキャが、久しぶりに、「おきゃ……」と鳴いた。
目頭を瞬膜が覆い、口からよだれを垂らして、今にも死にそうなオキャが、弱々しく「おきゃ……」と鳴いた。
「お母さん、姉ちゃん、オキャ、丘の上に行きたいんだよきっと。連れて行ってあげようよ」
地元の大学に進学した弟が、オキャを抱きかかえながら言った。
お父さんもオキャの顔を覗き込んで、
「もうそろそろだって、オキャも悟ってるのかもしれないな。よし、お父さんが車を出すから、皆で連れて行ってやろう」
お父さんは車にスコップを積み込んだ。
「万が一、な」
お母さんは、もう涙が抑えられないようだった。

車がいつもの坂を登った時、車の傾きを察して、オキャが頭を持ち上げた。儚げに首を巡らせ、「おきゃ……」と鳴いた。
「もうすぐだよ、オキャ。丘の上に連れて行ってあげるからね」
「にゃーん」
車を公園の駐車場に停め、タオルで包まれたオキャを抱きかかえ、いつもオキャが食い入るように眺めていた景色を見せてやる。
オキャはタオルの中で精一杯体を伸ばして、首を巡らせ、久しぶりに丘の景色を見回した。そして、弱々しく「おきゃ……」と鳴いた。
そして満足そうに首を落とすと、そのまま眠るように動かなくなった。

一番見晴らしのいいところの片隅に、スコップで穴を掘ってオキャを埋めた。
「オキャは本当に丘が好きなんだね」
「なんで、そんなに丘が好きなんだろう」
「前世、かなあ………」
私たち家族は、それからしばらく猫は飼わなかったが、何年かして、今度は犬を飼う事になった。何の変哲も無い、よくいる柴犬だ。
柴犬は散歩が大好きで、グイグイ私を引っぱって行く。
土地勘に未だに疎い私も知らないような道へと、グイグイと。
そこは私の知らない丘の上だった。
「こんなところがあったんだ……」
丘の上で犬と遊んでいると、その丘の片隅に、動物のお墓によくありがちな、木の棒が刺さって石を置かれている場所があった。
「おきゃっ」
懐かしい鳴き声が聞こえた気がした。

*終わり*
3/3ページ
スキ