トーリン形成外科へようこそ

 ついに包帯とガーゼを剥がして抜糸する日がやってきた。アンジェリカは不安を抱えたままトーリン形成外科に向かった。
 診察室に入ってきたアンジェリカは両腕に包帯をしていた。アルカディウス医師はその腕の包帯について訊いてきた。
「その腕はどうしたんですか?」
 鋭い射貫くような目に、アンジェリカは委縮した。
「これは、その、何でもないんです。ちょっと怪我をして」
「ここは病院です。簡単な処置はできますよ。見せてください」
 抵抗できずに、アンジェリカの包帯が解かれていく。すると、肌に密着していた包帯が剥がれると同時に、傷口から再び血が溢れてきた。
「血……!」
アルカディウス医師の意識がぐらりと揺らぎ、一瞬倒れそうなほどの強いめまいに襲われたかと思うと、彼は猛烈に飢餓感を覚えた。
 赤い液体。血液。それは、彼が普段喉から手が出るほど欲している彼の大好物であった。
 次の瞬間、アルカディウス医師は自分でも無意識のうちに彼女の腕にむしゃぶりついていた。
「えっ、先生……?!」
 あふれる血液、喉を満たす瑞々しい命の水。ああ、何と甘美な味わいだろう。
 しかしそれも彼自身の唾液の作用で次第に止まってしまう。血の味がしなくなってようやくアルカディウス医師は我に返った。やってしまった。求めてしまった。喰らってしまった。彼は血への渇望が自制できないあまりに、極力血を見ないよう、血管の流れを読み、ほとんど出血を伴わない手術を心がけていたというのに。つい、醜態を晒してしまった。
 そう、彼は吸血鬼だったのだ。
 放心状態のアンジェリカの様子に気まずさを覚えたアルカディウス医師は、コホンと咳ばらいをし、
「自分を傷つけるのはやめなさい。美しい体をわざわざ醜くする必要がどこにあるかね?簡単に傷口を縫ってあげるから、もうこんな真似はしないことだ」
と、アンジェリカを諫めた。
「す……すみません……。もう、しません……」
 アルカディウス医師は傷口を鮮やかな針捌きで縫合した。抜糸の必要のない、体に吸収される縫合糸を使用したため、数日で傷口は綺麗になくなるだろう。
 鼻の抜糸をすると、想像以上に美しく見違えた顔に生まれ変わっていた。
「綺麗……」
 するとアルカディウス医師は信じられない真実を語った。
「実は、元々の鼻の形が美しかったので、ほとんど大きくいじってはいないんですよ。一回り小さくしただけで。貴女は元々とても美しい人だ。その元々授かった顔を、大事にしてほしいと思いましてね」
「美しい……?私が?」
「貴女はおそらく悪い夢を見ていたんだ。貴女は決して醜くない。だから、私はさほど手を加えていない。そのままの自分自身をよく見て。自分を大事にしてください。もう、腕を切って自分を傷つけるようなことはしないように。そんなことをしたら本当の意味で醜くなってしまう」
 アンジェリカの瞳からとめどなく涙が溢れてきた。そのままでも美しいなんて、今まで誰も言ってくれなかった。こんなに美しい形成外科医が美しいと認めてくれたのだ。それが何よりも美しさの証明のようで。
 アンジェリカはその仕上がりに満足し、顎の手術を断った。このままの顔で生きてゆこうと、心に刻んだ。
「ありがとうございました」
 診察室から立ち去る時に振り返った彼女の顔は花が開いたような晴れやかで美しい笑顔だった。
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