第五話 ファティマ誘拐

 突然、ヴィクトールのスマートフォンが鳴り出した。この着信音は組織からの電話だろう。慌てて電話に出る。
 「はい、ヴィクトールです」
 《ターゲットの女は殺したか?》
 「いや、まだです。今ベッドの上に転がしてます」
 《なら、その女をこちらに寄越せ。始末する》
 「ま、待ってください。俺達が始末します!」
 《やれるんだろうな?》
 「やります、ちゃんとやります。やらせてください」
 《確実に殺せよ》
 そこまで話すと、通話が終了した。
 「ヴィクター、なんだって?」
 「確実に殺せって……。参ったな」
 ファティマは純粋な疑問を口にした。
 「殺さないとどうなるの?」
 「組織に俺たち3人まとめて始末される」
 ファティマはそれを聞くと、フーンと退屈そうな声を上げ、「殺しなさいよ」と言った。
 「あたしを犯す気がないんなら、おとなしく殺されるわ。あたしこの世に未練ないもの。さあどうぞ。殺してちょうだい?」
 エンリーケとヴィクトールは驚いた。殺し屋に殺せと言う人間を初めて見た。普通は命乞いをしそうなものなのに。
 「し、死にたいのか?」
 「うん」
 「付き合ってる男がいたんじゃないのか?」
 「そんなことまで知ってるの?いやあね。あの男は親が勝手に決めた婚約者よ。あたしは大っ嫌い」
 「な、なんで?」
 「いつもスケベそうな目で見てきて、体にしか興味なさそうであの手この手で口説いてくるの。全部かわしてるけど」
 「体の関係は?」
 「ないわよ。気持ち悪い」
 そこまで聞くと、ヴィクトールの心の中のグツグツ煮えたぎっていた鍋の一つが急激に冷えた。心が急に軽くなる。
 「そうか……ははっ」
 「何よ?」
 「いや、何でもない。こっちのこと」
 ファティマは腕を組み、「そんなわけでね」と話し出した。
 「あたしは毒親の父親にもうんざりしてるし、婚約者は反吐が出るほど嫌いだし、なりたかった仕事にも就けないこの社会にもうんざりしているの。いつ死んだっていいの。殺したいってんならどうぞ。でも、辱めるのだけはやめてね。これ以上汚れたくない」
 「お、おう……」
 そうは言われても、殺せと言われて殺意が急に芽生えるほど器用にできてはいない。
 「ま、まあ落ち着けよ。どう殺すかは、これから考えるから……。まず、まあ、一緒に飯食おうぜ。腹減っただろ?」
 微妙な空気が流れる中で、三人は冷蔵庫の食材を適当に使い、夕餉を共にした。
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