彼岸花の咲く場所

 時は流れ、20歳の正月を迎えた。薫が地元の成人式に出席し、旧友たちと久しぶりに再会を喜んでいると、目の端に映った姿に心臓が跳ね上がった。あれ以来一度も口をきいていない、かつての幼馴染みの奈緒がいた。
 「落ち着け、奈緒は県外に行ったんだ。里帰りしたのは今日だけだ。もう二度と会うこともないんだ……!」
 薫はそれとなく奈緒と距離を取り、周りの仲間たちが奈緒に気づかないようにその場を離れた。
 一瞬しか見えなかったが、奈緒はその美しさに磨きがかかったような気がする。きっと男たちは奈緒を放ってはおかないだろう。きっと彼氏ができたに違いない。
 「いいんだ。奈緒には奈緒の人生がある」
 必死にそう念じたが、奈緒の隣に男がいる姿を想像しようとしたら吐き気が込み上げてきたので、慌てて薫は思考をシャットダウンした。

 その日の夜。薫は夢を見た。幼いころの夢だ。奈緒とおままごとをして遊んだ。
 「薫ちゃんがパパで、あたしがママね。で、ジュリエットちゃんが子供」
 着せ替え人形のジュリエットちゃん。奈緒の宝物の人形だ。薫が持ち寄ったのは人形ではなく、怪獣のぬいぐるみと犬のぬいぐるみだった。
 「トーマス、リリー、お散歩に行くよ!」
 奈緒がジュリエットを操り、薫はぬいぐるみのトーマスとリリーを操り、ジュリエットの後ろを歩かせた。
 「ガオー、ジュリエット、腹減った」
 「トーマス、何食べる?」
 「奈緒の唇」
 「えっ?」
 いつの間にか幼かった二人は高校生の姿になっていた。
 「奈緒、好きだよ」

 「――はっ!!」
 薫の夢はそこで終わった。懐かしい記憶だった。もう二度と、再現することのできない記憶。
 「……な、なんて夢を見るんだ。最悪だ」
 顔がひんやり冷え切っていることに気づき、そこで初めて、薫はいつの間にか泣いていたことに気づいた。寝ながら泣いていたらしい。
 「……最悪だ」
 今日は『PUB とおる』の面接の日だ。薫は成人式を終えたらアルバイトとして同店で働くと決めていた。トオルには前もって相談し、話を通してある。すぐに採用されるだろう。
 「久しぶりに『とおる』に行く日の朝に、また奈緒に会ってしまった……。なんなんだよ。もう、忘れさせてくれよ……」
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