彼岸花の咲く場所

 薫は幼少期から女扱いされることに違和感があった。スカートを買い与えられても穿こうとせず、「ズボンがいい」と言って親を困らせた。特撮ヒーローにあこがれて、変身ベルトを買ってと駄々をこねた。小学校に上がったとき、ピンクのランドセルを買おうとする親にわがままを言って、女の子用の水色のランドセルを買ってもらった。青がいいといったが、両親はなんとしても薫に女の子らしくなってもらいたいと、可愛いランドセルを選ばせようとなだめすかして、しまいには怒り始めたので、妥協点として水色でスカラップのあしらわれた可愛いランドセルに落ち着いた。
 薫は女子を強制されるのが嫌だった。そして、初恋の相手が幼馴染みの奈緒である。小学校で知り合った唯一の親友。奈緒は男らしくあろうとする薫をいつも理解してくれていたように思う。
 しかし、違ったのだ。あくまで奈緒は”男っぽい女の子”として薫の友人でいたのである。
 薫は奈緒がOKしてくれたら男として生きようと覚悟を決めていた。奈緒に相応しい男になろうと。薫は奈緒を信頼していた。奈緒だけは理解してくれているという自信があった。もし振られたら、もう生きていけない。薫は生きるか死ぬかの賭けに出た。その結果がさっきの顛末である。奈緒は嫌いとは言わなかった。軽蔑もしなかった。ただ、友達でいたいという情けをかけたのだ。その生ぬるい優しさが、薫の心を切れ味の悪いナイフで抉ったのだ。
 「俺は、いっそ絶交してもらった方がすっきりしました!!もう、もう学校にいけないです!!どんな顔して明日学校に行けって言うんですか……。もう、無理だ……。奈緒と急に絶交したことが知れ渡ったら、俺がレズだってばれちまう。絶対いじめられるに決まってる……。汚いものを見るような目で見られるんだ、今までみたいに!!!」
 薫にとって、レズのカミングアウトほど恐ろしいものはなかった。奈緒にだけは知っていてもらいたい、奈緒だけは信じてくれる、そんな気持ちがあったが、奈緒以外が薫のセクシャルを感じっとったら、どんな顔をされるか……。
 今までも怪しい場面はあった。薫が「男に興味ないから」とうっかり話してしまった時、クラスメートは、「え、じゃあ女子が好きってこと?やめてよー。あたし男の方が好きだから―」と、軽蔑と嫌悪のまなざしで過剰に反応されたことがあった。
 薫にとっては「誰がお前みたいな阿婆擦れ好きになるか!俺だって人を選ぶわ!なんだよ、人を節操無しみたいに!!」と内心憤慨していたが、「そんなわけないじゃん~」と愛想笑いでかわしてきた。
 あの軽蔑と嫌悪のまなざしはトラウマレベルで恐ろしいものである。奈緒もきっとあんな風に軽蔑したに決まっている。そしてほかの人に言いふらすに決まっている。薫はレズだ、告白された、と。
 パブの店主は、じっくり薫の告白を聴くと、真剣な面持ちでふうと一つ長く息を吐いた。
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