彼岸花の咲く場所

 薫は走った。セクシャルマイノリティの自分を認めてくれるところを探して、走り続けた。
 薫はこれまでも自身のセクシャルについて思い悩み、スマホで様々な情報を探し続けていた。そこでヒットしたのが繁華街にある一軒のレズパブである。
 その店は、夜の街華灯町にたった一軒営業しているレズ専用の飲み屋である。
 まだ高校生の薫は華灯町に近寄ったことすらない。でも、卒業したら一度行ってみたいと、目星をつけていたのだ。
 地下鉄に駆け込み、最寄り駅まで揺られる。地上に出れば、歓楽街華灯町だ。
 まだ夕日が差し込む歓楽街だが、早くも営業している店は多く、仕事帰りの大人たちで賑わっていた。そのパブは『PUB とおる』といった。ネットに掲載されていた紫色の看板を探す。
 大通りから横道に逸れ、奥まったところにその店はあった。入り口の花壇には夥しく燃え盛るような真っ赤な彼岸花が咲いている。
 「いらっしゃーい!」
 重いドアを押して中に入ると、カランと鳴るベルの向こうから威勢のいい声をかけられた。しかし、高校のジャージ姿の薫の姿を認めると、店主は急いでカウンターを飛び出し入り口に駆け寄ってきた。
 「ちょ、ちょっと待った、ちょっと待った。お嬢さん、高校生?駄目だよこんなところに来ちゃ」
 店主と思しき人は、頭を刈り上げにした中性的な見た目の人だった。胸は平らだが、どことなく女性の面影があるので、おそらく性転換手術をした元女性だろう。声は男性の声を裏返したような複雑な声色をしていた。
 薫は泣いていた。学校を飛び出してからずっと泣き続けていた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて鼻をすする。
 「俺をここで雇ってください…」
 薫はそういうと、その場にしゃがみこんで堰を切ったように慟哭を上げた。
 「ちょ、待った待った、こんなとこで泣かないでくれよ!とりあえず話聞くから、中入って!な!ミルクでも出してやるよ!ったく、なんなんだこの子……。ほら、立って、歩けるか?」
 薫は店主に促され、カウンターの隅に座ると、店主が取り急ぎ冷蔵庫から出したばかりの牛乳を一口飲み、やっと泣き止んだ。まだヒックヒックとしゃくりあげているが、とりあえず落ち着いたようだ。
 「お嬢ちゃん、何があったんだ?ここは飲み屋だから高校生は立ち入り禁止なんだよ。牛乳飲んだら話聞くから、落ち着いたら早めに帰ってくれないか?警察来るからさ……」
 「ごめん、なさい……。でも、どうしても、話聞いてもらえそうなところ、ここしかわからなくて……」
 薫は今日あった出来事、幼いころから感じていた違和感について、語り始めた。
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