第十二話 拳銃

 ヴァイスは虚ろな目をエルディに向け、力なくつぶやいた。
 「なあ、お前は死ぬことが救いだって言ったよな。確かに、こんな苦しい発作を抱えながら、怯えながら生きるぐらいなら、死んじまったほうが楽になれるかもしれねえ。なあ、その拳銃で殺してくれよ」
 「や、やだよ。死にたくないんじゃなかったのか?」
 「死のうって簡単に考えられるお前が羨ましくなったんだよ」
 「貸せよ」と、ヴァイスはエルディの拳銃の入った袋を取り上げた。
 箱から拳銃と弾丸を取り出し、弾丸カートリッジをセットして、米神に当てた。
 その様子を見て、目の前で親友のヴァイスを失う恐怖に、エルディは震え上がった。
 「ダメだよ」
 「いいだろ。お前にとって死は救いなんだろ?救ってくれよ」
 「ダメだヴァイス」
 いつも笑顔で励ましてくれた親友が、目の前で死ぬ。想像するだけで恐ろしい。胸が張り裂けそうな喪失感に心臓が早鐘を打ち、何としてもそんな最悪の事態は止めなければと願う。エルディはガタガタと震えだし、息苦しさを覚えた。
 「じゃあな、エルディ。お先に」
 「やめろヴァイス!!」
 エルディはヴァイスの手から拳銃を奪おうとした。ヴァイスはエルディの手を振り払い、止めようと縋り付くエルディをひらりとかわした。
 「うるせえ、死なせろよ!」
 「君は生きなくちゃだめだ!」
 瞬間、銃声が二人の間で炸裂した。
 エルディは左耳をヴァイスの持つ拳銃で吹き飛ばされた。
 ヴァイスはエルディの耳から流れる赤い血を見て、再び恐慌状態に陥った。
 「ああ、ああ、エルディ!!」
 エルディは驚き固まったが、自分もヴァイスも生きていることを理解すると、フッと柔らかく微笑んだ。
 「大丈夫だよ」
 「すまねえ、エルディ。俺は、なんてことを……!」
 「僕のほうこそごめん。ヴァイスの気持ちがよく分かった。生きててよかった、ヴァイス。僕も、死ななくてよかった」
 滝のように涙を流し、謝罪の言葉をやめようとしないヴァイスを落ち着かせ、エルディは拳銃から弾丸のカートリッジを抜き、箱に仕舞った。
 「もう、死のうなんて思わない。ヴァイスの苦しみがよくわかったよ。僕もヴァイスを失ったら生きていけないと思う。そして、ヴァイスみたいに永遠に後悔しながら生きることになると思う。そんなのごめんだ。寿命で死ぬのとはわけが違うよね。解ったよ。僕、デライラにも自殺をやめるよう説得してみる。真面目に生きるよ。だからヴァイス。これからも元気に明るく生きて、僕を見守っていてほしい。僕はもう、自殺なんかしない」
 「本当か?」
 「耳を吹き飛ばされて、僕は一度死ぬことができた。拾った命、大事にして生きるよ。ありがとう、ヴァイス」
 「エルディ、ああ、エルディ……。よかった。頼むぜ。生きてくれ。俺も、お前を見守り続けるからよ……」

 その日を境に、エルディは自殺を繰り返すのを、今度こそ、一切やめることにした。
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