第一話 首吊り

 次の瞬間、エルディは真っ暗に陽が落ちた自室で目を覚ました。いつの間にか床に倒れている。なぜだか苦しくてたまらない。エルディはぐらぐら目の回る頭をおして、ハサミを手に取り、首にかかった紐を切った。
 「今の、なんだったんだ……?女神……。死神?」
 気持ち悪くて息苦しくて、目が回って頭がひどく痛い。エルディは嘔吐した。
 一度吐くと気持ちの悪さが少し軽くなり、エルディはベッドまで這って行って横たわった。
 「美しい人だった。真っ黒い長い髪。赤い瞳。白骨化した顔の半分。大きな鎌。黒いドレス……。美しい人だった……」
 いつの間にかエルディは眠りに落ち、翌朝を迎えた。

 それからというもの、エルディの頭の中はあの女神の事でいっぱいになった。この命を育てる必要があるといった、あの女神。生きろといった、あの女神。
 と、いうことは、だ。エルディはまだ死ぬことが出来ないのだろう。死ねないとわかっているなら、また死のうとしたらあの女神に会えるのではないだろうか。死ぬことなく、ぎりぎり死の淵で、またあの優しい微笑みを浮かべて、慰めてくれるかもしれない。
 「……よし、もう一回死のう!」
 エルディは自宅に帰ると再び首吊り縄を準備した。またカーテンレールに括り付け、輪の中に首を通す。椅子を蹴る。さあ、出でよ死女神!
 すると、ブラックアウトしたエルディの視界に、再びあの女神が現れた。しかし、鬼のような形相で、エルディをにらみつけていた。
 「なぜ死のうとする?!お前はまだ死ねない!生きろと言ったはずだ!」
 「やったー!!死女神さん、会いたかった!また会えた!あなたに会いたかったんです!会いに来ました!」
 死女神は嫌悪感をあらわに恫喝した。
 「ふざけるな!私は暇ではない!そんな理由で死のうとするな!命を何だと思っている?!」
 「そんな怒らないでください。苦しい思いをして会いに来たんじゃないですか。あなたにもう一度会いたかったんです、我が女神。ああ、やっぱり美しい。一瞬だけだったから、よく見えなかったんですよね」
 死女神はエルディの勝手な言い分に完全に堪忍袋の緒が切れた。
 「貴様に安らかな死は与えぬ!!苦しみぬいて生きろ!!」
 死女神はエルディの首吊り縄を自慢の大鎌で断ち切った。
 「あ、待って、もう少しお話ししましょうよー!!」

 エルディは再び陽の落ちた自室で目を覚ました。が、今度は首吊り縄が完全に食い込んでいて、首が痛い。首が擦り切れ、血がにじんでいるようだ。頭が沸騰する。息が詰まる。苦しい。しかし、死女神は命を断ち切ろうとしない。
 『苦しみぬいて生きろ』
 女神の声が脳裏にこだまする。エルディはやっとのことでハサミに手をかけ、首の紐を切った。
 「……怒らせちゃった……」
 首吊りの苦しさ、恐ろしさを二度も味わったエルディは、もっと楽に確実に死ぬ方法について考え始めた。
 「あんなに綺麗な女神様に看取られて死ねるんなら、なんとしても死んでやる。よーし。次は失敗しないぞ!」
 斯くして、エルディの恋と希死念慮は走り出した。
 死女神に愛されるために、一刻も早く死にたい。
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