第一話 首吊り

 「よし、死のう!」
 こうと決めたことは即やらないと気が済まない男・エルディは、思い付きの勢いにしたがって、自殺を試みた。道具箱からビニール紐を取り出し、スマートフォンで自殺用の縄の結び方を検索すると、試行錯誤の末、首吊り縄を作り上げた。首吊り縄作りはまるで工作のようで、絶望的な心理状態をほんの少しの間忘れてしまう。夢中になって紐を結びなおし、理想の首吊り縄を結ぶ時間は楽しいものだった。「完璧な首吊り縄が出来たら、きっと楽に死ねる。苦しい人生の何もかもとおさらばできる」自殺はエルディにとって希望の光だった。
 椅子を踏み台にして、カーテンレールに紐を結ぶと、エルディは輪の中に頭をくぐらせた。この椅子を蹴れば、苦しむ間もなく天国へGOだ。
 エルディは椅子を蹴った。
 首吊り紐が絞まり、エルディの気道を塞ぐ。
 だが、おかしい。苦しいが、一瞬では死ねない。
 (あれ?苦しい、死んじゃう!うわ、ダメだ、怖い!僕ホントに死んじゃうよ!!助けて!!誰か!!このままじゃ僕、ほんとに死んじゃう!!一瞬で死ねるんじゃないの?苦しい、助けて、苦しい!!死ねない、なかなか死ねないじゃないか!おかしいな、このままじゃ苦しいだけだよ!!助けて!!死んじゃう!!)
 エルディは苦しみ藻掻いた。一瞬で苦しまずブラックアウトしてあの世に行けると思っていたエルディは、予想外になかなか死ねない時間に焦りを感じた。死にそうなほど苦しいが、死ねない。脳味噌が沸騰しそうな苦しさ。そして、全身を駆け巡る死への恐怖。エルディはパニックに陥った。
 (た、助け……)
 (……)
 (……)
 エルディはやがてブラックアウトした。

 真っ暗闇に、美しい女神がいた。女神は威厳のある低い声で、エルディの名を呼んだ。
 「エルディ・スミス・フィルキィ。お前はまだ死ぬべきではない。お前の命はまだ育てる必要がある。お前の人生には、まだ続きがある。生きろ。その首吊り縄を、私が切ってやろう」
 女神は身の丈ほどもある大きな鎌で、エルディの頭の上をひと薙ぎした。
 そしてエルディを襲ったのが落下する感覚。重力が地獄の底までエルディを引っ張っていく。落ちる。落ちる。永遠に続くかに思えるほど、どこまでも落ちていく。
 「生きろ、エルディ!」
 「うわああああああああ」
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