第一章 奇跡使いと言霊使い

「では早速実践してみましょうか。火の神を呼び出し、火球を作ってみて頂戴」
「え、も、もう実践なんですか?!」
 ケフィは驚いてペンを取り落した。慌てて拾いながら、「急だなあ」と口の中で呟いた。
「あなたの実力を見せてもらいましょう。やり方は教えるわ」
 黒板と机と椅子は隅の方に片付けられ、三人は道場の真ん中に集まった。
「まず、この空気の中に存在する火の神の存在に意識を集中しなさい。心の中で火の神を探し、出てきてほしいと念じながら語り掛けるの『火の神!』って!」
 テンパランスがそう説明すると、テンパランスの目の前に火の玉が現れ素早く一回り旋回し、掲げた右手の上で滞空した。
「うわっ!!びっくりした!」
「ね、言ったろう。エプロンをしていないと服が燃えるって」
 アルシャインは笑った。
 テンパランスは火の玉を消滅させると、「やってみて」とケフィに促した。
「んん~~~~むむむ……火の神……火の神……火の神!!」
 しかし、何も起こらなかった。
「はあ、やっぱりダメか…」
 ケフィの落胆する様子にも、テンパランスは相変わらず無表情だ。
「神の存在は感じる?」
「いえ、全く……」
 アルシャインは首をひねった。
「おかしいな。全く感じないかい?」
「はい……」
 テンパランスとアルシャインは顔を見合わせて首をひねった。
「まあ、神の存在を意識しながら生活すれば、自然と使えるようになるわよ。いつ何時も、神が傍にいると感じながら生活なさい。しばらくはイオナの手伝いや、アルシャインの内職の手伝いをしてもらいます」
「はい……」
 ケフィは意気消沈して俯いた。

 ケフィは数日間、イオナの手伝いをして、料理の時に火の神や水の神を意識しながらやってみたり、アルシャインのマジックアイテム作りの内職を手伝ったりして過ごした。
 神の起こす奇跡の数々を目の当たりにしても、ケフィにはさっぱり神の存在を感じることはできなかった。
 ある夜、ケフィは夢を見た。異形の怪物のような存在が、「お前はここにいるべきではない。お前の居場所は他にある」と言っていた。ケフィはむきになって言い返した。「ここにいたいんです!ここで働かせてください!」と。異形の存在は、「いずれお前にもわかるはずだ」と言い残して、消えた。

 ある朝、アルシャインが右頬に×印の傷をつけて起きてきた。
「アルシャインさん!その傷はどうしたんですか?」
 ケフィが訊くと、アルシャインは苦笑いしながら答えた。
「やってしまったよ。いや、そんな大したことではないんだが、ちょっぴり禁を犯してしまった。この傷は監視の神からつけられた傷さ」
「大丈夫ですか?い、痛いんですか?」
「うん、ちょっとピリピリするね。2~3日は奇跡が使えなくなってしまった。ケフィ、一緒にイオナの仕事の手伝いをしよう」
 ケフィは禁を犯した奇跡使いを初めて見た。「禁を犯すと罰が下る」とは習ったが、本当に×印をつけられるとは。
「一体何をしたんですか?」
「それは……秘密だ」
 苦笑いで軽くあしらわれてしまった。一体アルシャインは何をしたというのだろう。
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