第一章 奇跡使いと言霊使い

 ケフィは早速自室を一部屋与えられ、持ち込んだ荷物を片付けた。本格的な修行は明日の早朝からだという。熱い風呂で長旅の疲れを癒し、イオナの振る舞ってくれたご馳走(と言っても奇跡使い用だから質素なものだったが)に舌鼓を打った。
 テンパランスもアルシャインもすごくいい人だ。イオナはちょっとお喋りなところが苦手だが、悪い人ではないし。ケフィは、明日からの修行に、期待に胸ふくらませて眠りに就いた。

 翌朝、朝食を取った後に連れて行かれたのは、屋敷の離れの道場であった。
 天井まで3~4メートルはあるだろうか、天井の高い部屋だった。広さも100坪ぐらいはあるだろうか。
「広いですね……」
 ケフィが素直に感想を述べると、
「奇跡の力は強大です。このぐらいの広さは最低限なければ、道場が吹き飛びますからね」
 と、淡々とテンパランスが答えた。
「さて、前もって伝えていたはずだけど、エプロンは持ってきてくれた?修行中はエプロンは必ずしてね。でないと服が燃えるわよ」
「は、はい」
 ケフィはバッグから紫色のエプロンを取り出した。鶏とヒヨコの絵が描いてある可愛いものだ。
「す、すみません、こんな可愛いのしかお店に無くて…」
 ケフィが恥ずかしそうにすると、アルシャインが、
「構わないさ。奇跡の力が暴発するようなことがあったら買い替えることになる。間に合わせだよ」
 と微笑んだ。聞けば、アルシャインも何枚も買い換えたという。
「では、まず神々について説明しなくては。メモ、取る?」
「は、はい」
「では、アルシャイン、机と椅子を用意して」
「はい」
 ガランと広い道場の真ん中で、キャスター付きの黒板と、たった一人の生徒のための椅子と机が用意された。

 神々は、この世界に無数に存在するという。一人一人人格を持つ名前を持つ神というような存在ではない。例えば草の陰に、例えば焚火の中や竈の中に、例えば雨上がりの水たまりに。例えばこの星の中心部に。例えば一人一人の心臓に。様々なところに潜み、様々なところでこの世界を動かしている。それが神だ。
 その神々から力を引き出し、自由自在に物事を動かすのが奇跡使いという仕事だ。
 火を起こし、水を撒き、傷を癒し、眠らせ、モンスターと戦うこともできる。
 何でも自由自在に扱えるからこそ、制約が多い。それを監視する神もまた独立して存在する。
 恋や色欲に溺れ、私利私欲のために力を使うことは禁じられている。無闇に他の生き物を殺生することも禁じられている。また飲酒も、力のコントロールを失うため、奇跡使い達は自主的に禁じている。また強大過ぎる力を使うことも禁じられている。世界の均衡を崩すためだ。
 要は、自分の身を守るため、他者の命を救うため、必要最小限の力を振るうことのみを許されているのである。
「これらの禁止事項に触れると、監視の神から罰が下るわ。罰は目に見える形で降りかかるから、他の人から、禁を犯した奇跡使いだと丸わかりよ。とても恥ずかしいことだから、戒律は何がなんでも厳守して頂戴」
「はい!解りました!」
 ケフィはガリガリとノートにまとめた。アルシャインはそんなケフィを「すごく真面目な子なんだな」と感心した。思えば、自分もこの道場に入門したばかりの頃は、こんな風に緊張しながら、一心不乱に勉強していたような気がする。
 この子は今までの奇跡使い見習い達のように、道を逸れたりはしないだろう。安心してよさそうだ。
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