第一章 奇跡使いと言霊使い

 ケフィは先ほどの客間とは別の、テンパランス専用の応接室に招かれた。広い屋敷である。奇跡使いとはそんなに儲かるものなのだろうか。宗教法人だから実は儲かるのかもしれない。
 などと思いながら、勧められたソファーに座ると、いつの間にかアルシャインも同席していて、テンパランスの横に座った。見た目はいいカップルに見えるのだが、奇跡使いということは、やはり何もないのだろう。
「履歴書は持ってきてくれた?」
 テンパランスに言われ、ケフィはバッグから履歴書を取り出し、提出した。
 二人がざっと書類に目を通すと、テンパランスが口を開いた。
「今まで一度でも奇跡を使ったことはある?奇跡として成立した力でなくてもいいわ。不思議な力が使えたなんていう経験は?」
「あ、あります!」
「ふうん。その時のことを教えてくれる?」
 ケフィは一瞬苦い顔をしたが、意を決して語り始めた。

 今から5~6年前だろうか。学校でいじめられていたケフィは、ある雨の日、いじめっ子に、泥だらけになった公園に転がされた。そして、口に泥を詰め込まれ、苦しみもがく姿を指をさして笑われたのだ。泥を吐き出してケフィができた抵抗は、「死ねばいいのに」と小さく毒づくことだけだった。
 小さな声だ。土砂降りの雨で声はかき消され、きっと悪ガキたちの耳には入らなかっただろう。しかし次の瞬間、突然天から雷が落ちてきて、悪ガキの大将は雷に打たれて黒こげになって死んだ。
 偶然だと思った。思いたかった。少年は、奇跡が起きたと思った。偶然、奇跡が起きて、自分を助けてくれたんだ。まさか自分がやったことだとは思えなかった。否、半分は自分の力だと思えた。半分、偶然の奇跡だと思ったのは、自分が人殺しと呼ばれたくなかったからかもしれない。
 しかしつい最近、自分がやったとしか思えないようなことが起きた。
 観光で訪れた公園で、母がモンスターに襲われたのだ。
 林の陰から、大きな口に夥しい牙を生やした化物が現れ、ケフィに向かって突進してきた。母はそれを庇って、モンスターに食われた。ケフィはその衝撃的なシーンに、無意識に「神様、お母さんを助けて!」と願った。すると、化物は母に咬みついた顎をあんぐりと開け、途端爆裂した。
 母は一命をとりとめた。しかし、脊髄が損傷し、車椅子生活になってしまった。
 ケフィは自分には奇跡の力があると確信した。だから、母の体の麻痺も治してやりたいと願った。
 しかし、以降何を願っても奇跡らしい奇跡は起きなかった。

「だから、僕は、奇跡使いの修業をして、母の体を治してあげなくちゃいけないんです!」
 説明しながら、ケフィは涙を流していた。できれば思い出したくない過去。でも、忘れてはいけない過去。
「そう……ふむ……」
 テンパランスは相変わらず表情を崩さず、そう相槌を打つだけだった。
 代わりにケフィを労わったのはアルシャインだ。
「辛い話をさせてしまったね。でも、奇跡使いや言霊使いは、皆何かしらそんな経験を乗り越えて修行の道に入る。今は語らないが、僕にもあったし、テンパランス様にもあった。君のように未知の力に振り回される者は、少なからずいる。君は孤独じゃないよ」
 ケフィは大粒の涙を絞り出すと、「ありがとうございます」と言って、頭を下げた。
「力の発現が不安定なようね。では、神とのコンタクトの仕方から学びましょうか。大丈夫よ、最初から神の力を使いこなせる人はいないわ。よろしい。あなたの入門を認めましょう。今日からここで生活し、修行しましょう」
「ありがとうございます……よろしくお願いします!!」
 斯くして、ケフィの物語は幕を開けたのである。
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