第一章 奇跡使いと言霊使い

 ケフィは考えた。師匠のミルドレッドがこの事態を黙認していていいわけがない。もしかしてミルドレッドもベルを虐めている?とも考えたが、いつぞや、ベルとミルドレッドが普通に話していたところを見たのを思い出すと、それは考えすぎだと頭を振った。
 ミルドレッドに確かめてみなければ。
 そして、こんなことはやめさせてもらわなければ。
 ケフィはミルドレッドの部屋へ向かった。直談判だ。
「ミルドレッド様、お話があります。お目通り願います」
「なあに?入りなさい」
 ケフィが室内に入ると、ミルドレッドは書類の束に目を通していた。タバコをふかしながら、電卓をはじいている。
「あの、ちょっと伺いたいことがあるんですが」
「早く言いなさいよ」
「ベルさんが、エラさんやニナさんに虐められていること、ご存知ですか?」
「知ってるわよ」
 返事は即答だった。やはり黙認していたのだ。
「なんで黙認しているんですか?本当はお弟子さんなのに、お手伝いさんみたいに働かせて」
「あたしがやれって言ったんじゃないわよ。自分からやりだしたのよ」
「え?」
 何かの間違いではないのか。ケフィは耳を疑った。自分からやりだした?
「エラさんやニナさんに言われてやらされてるんじゃないんですか?」
「違うわね。下働きしたいって、ベルが言い出したのよ。覚えてるわ。だから、放っておきなさい。あの子がやりたくてやってるんだから」
 そんな……。どういうことなのか聞き出そうとする前に、ミルドレッドは語りだした。
「エラが入って数日もしないうちにベルが入門したのよ。最初は二人とも仲良かったわ。でもしばらくしてベルが泣き出したのよ。『私、言霊を使うのが怖いです』って。そして、『何でもします。雑用しますから、言霊使うのは勘弁してください』って自分からね。それからニナが入ってきた。いつの間にかいじめられっ子の出来上がりよ」
 ケフィはその説明に納得せざるを得なかった。ケフィだって同じことをしそうだったからだ。
 心優しいベルのこと、人殺しをして心が壊れそうになったのだろう。言霊使いは、それを乗り越えなければやっていけない仕事であった。
 ケフィが沈黙していると、ミルドレッドは続けた。
「それにね、あの子、言霊が最初から使えなくて下手だから使わない、というわけじゃないのよ」
「?」
「あの子の潜在能力は、三人の中で一番強いわ。まあ私には劣るけど、結構強いのよ」
「!」
 ということは、言霊が使えないのではなく、言霊を「使わない」というのか。本当だったら言霊でいくらでもやり返せるのを、敢えて自ら力を封印して、大人しくやられっぱなしになっているのか。
「もしかして力が制御できなくて失敗してしまうからですか?」
「違うわね。コントロールもいいのよ。最初はすごく上手かった。エラが口惜しがっていたわね」
 「だから、放っておきなさい」とミルドレッドは繰り返した。
 ケフィは納得できない。
「せめて苛めをやめるように、エラさんとニナさんに言ってくださいませんか?」
「あ~あ~無理よ。ベルがやられっぱなしで大人しくしてるんだから、陰でいくらでもやるわねあの子たち」
 ケフィはやり場のない怒りに震えた。
 ケフィがエラとニナを拒絶したくとも、ミッションで一緒に動くことになる以上、毛嫌いばかりしているわけにもいかない。それでは事態は好転しないだろう。やはり、ベル自身をどうにかしなければ。
「ありがとうございました!失礼します!」
 ケフィはベルを捜し、走り出した。
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