第一章 奇跡使いと言霊使い
幸いだったのは、命を落とす患者がいなかったことである。不思議なことに、ニコが奇跡を使った患者たちは、可能な限り身体の障害が治癒していた。先天的な障害は治らなかったものの、後天的な障害は皆綺麗に治っていた。進行した不治の病も、ケロッと治っている。まさに奇跡としか言いようがなかった。
「ニコ様は神の使いだ!」
「精霊神だ!」
拍手喝采の難病ホスピスを逃げるように立ち去ったテンパランス一行は、「あのホスピスから治療費を受け取らない代わりに、報道に流さないよう口止めをしてもらおう」と考えた。
しかし思惑通りにはいかなかった。全く予想していた通りに世の中は動いてしまった。
テンパランスの事務所に報道陣が詰めかけ、難病ホスピスはニュースに取り上げられ、奇跡を聞きつけた国中の不治の病を抱える患者家族達から依頼が殺到し、大騒ぎになってしまった。
テンパランスは取材に応じ、アルシャインとイオナは電話の対応に追われ、ニコはというと……引き籠っていた。
あまりに沢山の口やかましい人々が詰めかけたことを知って、ニコは恐ろしくなって部屋に引き籠って出てこなくなった。
ニコの頭の中は疑問符ばかりが渦巻いていた。
「僕はいいことをしたのに、なんで怒られないといけないの?なんで人がいっぱい騒ぐの?」
テンパランス達はニコのその様子を見て、一貫してニコの奇跡を取り上げることを拒否し、依頼を断り続けた。
「彼は非常に敏感な子供です。彼の負担にならないよう、これ以上騒ぐのはどうかやめてください」
一か月ぐらいは経っただろうか。徹底して強い姿勢を崩さないでいると、次第に人々は次なる話題に流されてゆき、少しずつ静かな生活が戻ってきた。
「ニコ」
イオナがニコの部屋のドアを叩いた。
「多分もう怖い人たちは来ないよ。部屋から出ておいで」
ニコは窓の外を警戒し、耳を澄ませ、人の気配を警戒し、異常がないと確認すると、やっと少しだけドアを開いた。
「イオナ……」
イオナはドアを思い切り開け放つと、ニコを抱きしめた。
「よしよし、怖かったね。あたしも怖かったよ」
ニコはイオナを抱きしめ返した。
「怖かった」
「そうだね、今度からは力の使い過ぎに気を付けて、また騒がれないようにしよう」
知的な障害を持つニコにも、イオナのその言葉はニコの脳に深く刻まれた。
「うん」
もうあんな怖い騒がれ方はまっぴらごめんだ。
「朝ごはん出来てるよ。テンパランス様、怒ってないから、またみんなで一緒に食べよう」
ニコはテンパランスやアルシャインに会うのが怖かったが、イオナが「大丈夫。あたしが怒らないでって言ったから」と宥めると、ようやくニコは部屋から出てきた。
「テンパランス様……アルシャインさん……」
恐る恐るダイニングルームに入ってゆき、声をかけると、テンパランスもアルシャインも、すっかり平静を取り戻していた。
「おはよう、ニコ」
「おはよう、具合は大丈夫かい?」
久しぶりにみんなで囲む食卓。ニコはまだ怖かったが、イオナの存在が、彼の心の支えになっていた。
テンパランスは内心「あまり怖がらせないよう気を付けよう」と、気を遣いながら、平静を装ってニコに命じた。
「今日からまた修行を再開するから、エプロンを着て、道場に来ること、いいわね」
「はぁい……」
「ニコ様は神の使いだ!」
「精霊神だ!」
拍手喝采の難病ホスピスを逃げるように立ち去ったテンパランス一行は、「あのホスピスから治療費を受け取らない代わりに、報道に流さないよう口止めをしてもらおう」と考えた。
しかし思惑通りにはいかなかった。全く予想していた通りに世の中は動いてしまった。
テンパランスの事務所に報道陣が詰めかけ、難病ホスピスはニュースに取り上げられ、奇跡を聞きつけた国中の不治の病を抱える患者家族達から依頼が殺到し、大騒ぎになってしまった。
テンパランスは取材に応じ、アルシャインとイオナは電話の対応に追われ、ニコはというと……引き籠っていた。
あまりに沢山の口やかましい人々が詰めかけたことを知って、ニコは恐ろしくなって部屋に引き籠って出てこなくなった。
ニコの頭の中は疑問符ばかりが渦巻いていた。
「僕はいいことをしたのに、なんで怒られないといけないの?なんで人がいっぱい騒ぐの?」
テンパランス達はニコのその様子を見て、一貫してニコの奇跡を取り上げることを拒否し、依頼を断り続けた。
「彼は非常に敏感な子供です。彼の負担にならないよう、これ以上騒ぐのはどうかやめてください」
一か月ぐらいは経っただろうか。徹底して強い姿勢を崩さないでいると、次第に人々は次なる話題に流されてゆき、少しずつ静かな生活が戻ってきた。
「ニコ」
イオナがニコの部屋のドアを叩いた。
「多分もう怖い人たちは来ないよ。部屋から出ておいで」
ニコは窓の外を警戒し、耳を澄ませ、人の気配を警戒し、異常がないと確認すると、やっと少しだけドアを開いた。
「イオナ……」
イオナはドアを思い切り開け放つと、ニコを抱きしめた。
「よしよし、怖かったね。あたしも怖かったよ」
ニコはイオナを抱きしめ返した。
「怖かった」
「そうだね、今度からは力の使い過ぎに気を付けて、また騒がれないようにしよう」
知的な障害を持つニコにも、イオナのその言葉はニコの脳に深く刻まれた。
「うん」
もうあんな怖い騒がれ方はまっぴらごめんだ。
「朝ごはん出来てるよ。テンパランス様、怒ってないから、またみんなで一緒に食べよう」
ニコはテンパランスやアルシャインに会うのが怖かったが、イオナが「大丈夫。あたしが怒らないでって言ったから」と宥めると、ようやくニコは部屋から出てきた。
「テンパランス様……アルシャインさん……」
恐る恐るダイニングルームに入ってゆき、声をかけると、テンパランスもアルシャインも、すっかり平静を取り戻していた。
「おはよう、ニコ」
「おはよう、具合は大丈夫かい?」
久しぶりにみんなで囲む食卓。ニコはまだ怖かったが、イオナの存在が、彼の心の支えになっていた。
テンパランスは内心「あまり怖がらせないよう気を付けよう」と、気を遣いながら、平静を装ってニコに命じた。
「今日からまた修行を再開するから、エプロンを着て、道場に来ること、いいわね」
「はぁい……」