第一章 奇跡使いと言霊使い

 ケフィがミルドレッドの元へ入門して、一か月が経った頃、テンパランスの屋敷に訪問者の姿があった。
 茶髪を肩で切り揃えた、苦労が顔ににじみ出た疲れた顔の母。
 黒髪を短く刈り上げ、人の良さそうな顔をした父。
 そしてそれを見下ろすほど、両親より頭一つ分高い長身。ボサボサに跳ねた髪をそのままにした、虚ろな目をした少年。
 三人はテンパランスの応接室に通されると、おずおずと履歴書を差し出した。
「ご覧の通り、うちの子は養護学校中退なんです。自閉症で、言葉は話すんですが、一向に大人にならなくて、落ち着きがなくて……」
 テンパランスは履歴書に目を通した。ほぼ白紙のような履歴書だが、達筆で書いてあるところを見ると、この履歴書を書いたのは両親だろう。少年の名はニコラス・スレイターとあった。
 件の少年に目を向ける。少年は今は落ち着いているようだが、キョロキョロと部屋中をくまなく見まわして、何やらブツブツ独り言を呟いている。
「それで、どうして奇跡使いの修行をさせようと?」
 両親はハアッと大きなため息をつくと、話し出した。
「実はたびたび奇跡の力を暴発させて、みんなをびっくりさせるような子供だったんです。生まれた時から奇跡を使いました。その威力が日に日に強くなっていって……」
「ついに養護学校のクラスメートに怪我をさせてしまい、退学になったんです。我々ではもう、手に負えません」
 ふーむ、テンパランスが一つ息を吐くと、ニコラスに話しかけてみた。
「ニコラス。あなたはどうして奇跡が使えるようになったの?」
 すると、ニコラスは一瞬びっくりしたような顔をしてテンパランスに向き直り、
「僕、ニコ。16です」
 と、頓珍漢な答えを返した。
「ごめんなさいね、じゃあニコ、あなたはどうして奇跡が使えるようになったの?」
 ニコは小首をかしげると、
「普通だよ。神とお話してるだけ」
 と答えた。なるほど、これは天然だ。
 そう答えると、少年は飽きてきたのか、ソファーの上で落ち着きなく跳ね始めた。お尻を少し上げると、ボスン、と勢いよく沈み込む。するとお尻が反動で少し跳ね上がる。またボスン、と沈み込む。それに面白味を見出したニコは、繰り返しソファーの上で跳ね続けた。一緒のソファーに座っている両親までピョンピョン跳ね上がることになり、堪らず母親が注意した。
「ニコ!ピョンピョンしないで!じっとして!」
 するとニコは面白くなさそうに、大人しくなった。
「はぁい、ごめんなさぁい」
 すると少年はしばらくじっとしていたが、また飽きてきたのか、体を前後に揺らして、部屋中をキョロキョロ見回し、独り言を呟く。本当に落ち着きがない。これは手強そうだ。
 ニコがつまらなそうにしているので、アルシャインがニコに質問してみる。
「ニコ、君が一番好きな神はいるかな?」
 ニコは一瞬動きを止めると、また体を前後にゆすりながら、
「僕は神々といつもお話してる」
 と、また頓珍漢な返答をした。
「そうか、誰と一番仲良しなんだい?」
「いっぱい。いっぱい神とお友達だよ。みんなお友達だよ」
 多少会話に困難があるようだが、話が全く通じないわけではないようだ。
「では、どのくらい力が使えるか、見させていただきます。エプロンはお持ちですか?」
 テンパランスが両親に話しかけると、両親は荷物の入った袋からオレンジ色のエプロンを取り出した。
「はい、ここに」
「それをニコに着せて、こちらの道場にいらしてください」
 両親はニコにエプロンを着せると、テンパランスたちについていった。
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