第一章 奇跡使いと言霊使い

 その夜、ケフィは悪夢に魘されていた。暗い、あちこちに灯る白熱電球以外は光のない、ほの暗いバー。そこで酒を飲んでいた人たちが、次々に口から血を吐き出して倒れてゆく。
 エラとニナとミルドレッドが、店の隅のテーブルで言霊を紡いでいる。彼女たちの口から出た言霊のリボンが、客たちの口に入っていき、客は血を吐いて倒れる。
 死屍累々とするバー。
 怖くなったケフィはバーから逃げ出すが、店の外も死体と吐瀉物が散らかっていて、どこを見渡してもおぞましく、汚い。
 怖い、汚い、ここは、地獄だ。ケフィは走った。走っても走っても、どこまでも死体が転がっている。
 目の前に、突如、以前別の夢の中に現れた、異形の怪物が立ちはだかった。
「怖いか、ケフィ。しかし、これが古霊の力だ。お前もじきに、あいつらと同じように、死体の山を築くことになる」
 ケフィは言い返した。
「嫌です!僕は、言霊を世のため人のために使いたい!あんな殺人犯にはならない!」
「しかしお前はすでに三つの生き物の命を奪っている。お前もまた、言霊使いなのだ」

「ち……が……う!」
 うまく言葉にならずに喉から絞り出した自分の声で、ケフィは目を覚ました。まだ夜明け前だが、空は白み始めていた。目覚まし時計の世話になる前だが、起きる時間だ。
 最悪な寝覚めだった。気分が悪くて朝食をとる気になれない。
 朝食前の祈りの時間の間に、最悪な気分がなんとか紛れればよいのだが。
 一体一体のご霊体に手を合わせ祝詞を唱えていると、憎しみの古霊オディウムの像の前に来た。
 人間の姿をしているが、顔を歪めて恐ろしい形相をしている。これが昨夜の人殺し……。夢の中に出てきた古霊の化け物とは違うようだ。たびたび語り掛けてくるあの古霊は、なんという名前の古霊なのだろう。

 朝食の時間、パンをかじりながら、ケフィはミルドレッドに訊いた。
「ミルドレッド様、ドラゴンのような姿で、目が五つあって、角が何本も生えてる、真っ黒い古霊っていますか?」
「え?なになに?」
 ケフィがもう一回説明すると、ミルドレッドはスプーンを咥えながらうーんと唸った。
「嵐の古霊テンペスタスが確かドラゴンの姿をしていたけど…他には思い当たらないわね。私の知らない古霊かもしれない。会ったことがあるの?」
「実は、時々僕の夢の中に出てきては、古霊道のことや、言霊使いの話を語り掛けてくるんです。だからたぶん古霊だと思うんですけど」
「ケフィの守護古霊かもしれないわね」
 エラが口を挟んだ。
「言霊使いに限らず、古霊道の洗礼を受けたものは守護古霊がつくわ。とにかく古霊についてはわかっていない古霊も多いから、誰にどんな古霊がついてるかは、古霊を視る専門の言霊使いに視てもらうしかないわね」
 ケフィがミルドレッドに問いかける。
「ミルドレッド様は最強の言霊使いなんでしょう?僕の守護古霊は視えますか?」
 するとミルドレッドは苦い顔をして、
「あたしは言霊の威力は世界最強だけど、守護古霊を視るほどではないの。普段お祈りしてる古霊以外は専門外だし」
 「そうなんですか……」とケフィは肩を落とした。
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