第一章 奇跡使いと言霊使い
指定された日時に、指定されたバーへ入っていく。ケフィとニナは未成年なので、オレンジジュースとケーキやプリンなどを注文し、エラはカクテルとクラッカーを注文して、その時を待った。
何気ない会話をして、「最近古霊道には慣れたか」「祝詞はおぼえられたか」など、当たり障りない話題で時間をつぶした。
すると、カラン、と入口のベルを鳴らして、ターゲットが入ってきた。でっぷりと肥えた、金持ちそうな初老の男性である。
「殺し甲斐ありそうな親父……」
「ああいう親父嫌い。躊躇いなく殺れるわ」
エラとニナはひそひそと耳打ちした。
ターゲットの男性は若い女を二人従えて、バーの奥のVIPルームに入っていった。
しばらく様子を窺い、VIPルームの入り口から小さく見える男性が、酔いが回って大笑いをする声が聞こえてきたあたりで、エラとニナは目を伏せ、唇だけでブツブツと呪文を唱えた。
「愛の古霊アマーレの双子の古霊、憎しみの古霊オディウムよ、彼の醜悪な敵の命の鼓動を止めたまえ。心の臓を握りつぶし、今こそ彼奴に憎しみの鉄槌を」
ケフィにははっきりと見えた。二人の唱えた呪文は、その唇から言霊を織り上げたリボンのように紡ぎだされ、VIPルームに向かってひらひらと宙を舞っていった。
数分後、「グエッ、ゴホッ、ゲボッ!」と、気持ち悪いうめき声が聞こえたかと思うと、キャーッという女性の悲鳴が上がり、VIPルームから先ほどの女性たちが逃げ出してきた。
「マスター!救急車呼んで!オジサマが倒れたの!」
バーのマスターは受話器を取り、すぐに救急車を呼んだ。
騒然とするバー。
ケフィは食欲が失せるどこか急に気持ち悪くなってきた。膝がガクガクと激しく震えだし、その震えはやがて全身に回った。怖い。人が死んだかもしれない。怖い。それを殺したのは、今両脇に座っている姉弟子たちだ。姉弟子たちはくすくすと笑っている。なんで平気で笑えるのだろう。人が死んだかもしれないのに。
「ケフィ、どうしたの?怖い?気持ち悪い?」
ニナが訊くと、ケフィは我慢できなくなってトイレに駆け込み、吐いた。
気持ち悪さが収まるまでトイレにこもり、トイレから戻ったころには救急車が来ていて、死体は運び出されていた。間もなく救急車が走り去ってゆく。
「怖かったね、ケフィ。ごめんね。でもこれが言霊使いの仕事なの。さあ、帰ろう。」
ニナはこういう時何時もケフィをやさしく気遣う。エラはというと、ハア、とため息をつき、
「男のくせに情けないわね。これからはこんな仕事なんていくらでもあるのよ。それとも貴方、今まで誰も殺したことがないの?」
と辛辣な言葉を口にした。
『今まで誰も殺したことがないの?』
その言葉はケフィの凍える心に止めを刺した。
殺したことがないわけではない。だが、それは、彼にとって触れられたくないトラウマで。
ケフィは、泣きながら帰った。とても平常心ではいられなかった。男のくせにみっともないと言われても、彼には辛すぎる現実だった。
女二人に支えられながら、よろよろとした足取りでケフィは帰途に就いた。
何気ない会話をして、「最近古霊道には慣れたか」「祝詞はおぼえられたか」など、当たり障りない話題で時間をつぶした。
すると、カラン、と入口のベルを鳴らして、ターゲットが入ってきた。でっぷりと肥えた、金持ちそうな初老の男性である。
「殺し甲斐ありそうな親父……」
「ああいう親父嫌い。躊躇いなく殺れるわ」
エラとニナはひそひそと耳打ちした。
ターゲットの男性は若い女を二人従えて、バーの奥のVIPルームに入っていった。
しばらく様子を窺い、VIPルームの入り口から小さく見える男性が、酔いが回って大笑いをする声が聞こえてきたあたりで、エラとニナは目を伏せ、唇だけでブツブツと呪文を唱えた。
「愛の古霊アマーレの双子の古霊、憎しみの古霊オディウムよ、彼の醜悪な敵の命の鼓動を止めたまえ。心の臓を握りつぶし、今こそ彼奴に憎しみの鉄槌を」
ケフィにははっきりと見えた。二人の唱えた呪文は、その唇から言霊を織り上げたリボンのように紡ぎだされ、VIPルームに向かってひらひらと宙を舞っていった。
数分後、「グエッ、ゴホッ、ゲボッ!」と、気持ち悪いうめき声が聞こえたかと思うと、キャーッという女性の悲鳴が上がり、VIPルームから先ほどの女性たちが逃げ出してきた。
「マスター!救急車呼んで!オジサマが倒れたの!」
バーのマスターは受話器を取り、すぐに救急車を呼んだ。
騒然とするバー。
ケフィは食欲が失せるどこか急に気持ち悪くなってきた。膝がガクガクと激しく震えだし、その震えはやがて全身に回った。怖い。人が死んだかもしれない。怖い。それを殺したのは、今両脇に座っている姉弟子たちだ。姉弟子たちはくすくすと笑っている。なんで平気で笑えるのだろう。人が死んだかもしれないのに。
「ケフィ、どうしたの?怖い?気持ち悪い?」
ニナが訊くと、ケフィは我慢できなくなってトイレに駆け込み、吐いた。
気持ち悪さが収まるまでトイレにこもり、トイレから戻ったころには救急車が来ていて、死体は運び出されていた。間もなく救急車が走り去ってゆく。
「怖かったね、ケフィ。ごめんね。でもこれが言霊使いの仕事なの。さあ、帰ろう。」
ニナはこういう時何時もケフィをやさしく気遣う。エラはというと、ハア、とため息をつき、
「男のくせに情けないわね。これからはこんな仕事なんていくらでもあるのよ。それとも貴方、今まで誰も殺したことがないの?」
と辛辣な言葉を口にした。
『今まで誰も殺したことがないの?』
その言葉はケフィの凍える心に止めを刺した。
殺したことがないわけではない。だが、それは、彼にとって触れられたくないトラウマで。
ケフィは、泣きながら帰った。とても平常心ではいられなかった。男のくせにみっともないと言われても、彼には辛すぎる現実だった。
女二人に支えられながら、よろよろとした足取りでケフィは帰途に就いた。