第一章 奇跡使いと言霊使い

 ダイニングルームにやってくると、真っ直ぐな黒髪で重い印象のおかっぱ頭の少女が、ケフィの分と思しき食器を並べて出迎えた。
「……」
 先ほどの女性二人と比べると、寡黙で控えめで、少し暗い印象の少女だ。
 ミルドレッドがその姿を見止めると、ケフィに少女を紹介した。
「二番目の弟子のベルよ。ベル。この子はケフィ。男の子だけど、今日からこの屋敷で言霊使いの修行をすることになったわ。仲良くして頂戴」
「ケフィです。よろしくお願いします」
 ケフィがあいさつすると、ベルは小さく会釈しながら、蚊の鳴くような声で応えた。
「ベルです。よろしくお願いします」
 小動物のようにびくついているが、男性が苦手だとか、何か理由があるのだろうか。エラとニナには苦手意識を持ったケフィだったが、ベルは何だか妙に気になった。

 全員が食卓に着くと、古霊への祈りをささげる。奇跡使いの時は神々への祈りを捧げていたが、言霊使いは古霊に祈りを捧げるようだ。
 ケフィは精霊神教を信仰していたので、なんだか急に改宗させられて、戸惑った。祈りの言葉も初めて聞くような祝詞で、まごつく。
「太古より生きとし生けるものを見守り育てし古霊たちよ、あなた方のおかげで今宵も温かな食卓を囲むことができます。この糧が我々の血となり肉となり、明日への活力となりますように」
(言霊使いって、祈りの言葉がいちいち長いな……これが言霊なのか……)
 周りに倣って祈りの言葉を唱えてみたものの、もごもごと詰まってろくに発音できなかった。ミルドレッドはそれを耳ざとく聞きとめ、
「朝、昼、晩、祈りの言葉が変わるわよ。他にも、各古霊へ捧げる祈りは全部違うから、それを猛練習して早く暗記しなさい、ケフィ」
 と、釘を刺した。ケフィは恐ろしくなって食欲が失せた。自分の取り分だけは何とか胃に押し込んだが、大皿料理に手を出す気にはなれなかった。
 食事の間中、ケフィは例のごとく女子たちの質問攻めに遭った。
 姦しい女子が束になってかかってくると、抵抗できない。またもケフィはプライバシーも何もかも丸裸にされてしまった。
 そのうえ気の弱さを指摘され、説教が入る。
「駄目よケフィ、そんなんじゃ。男の子なんだからもっとビシッと!」
「す……すみません」
「謝ってばっかり!」
「すみません……」
 お喋りは深夜まで続き、日付の変わる頃ようやく自分の部屋で眠りにつくことができた。
「つ……疲れた……。僕、本当にこんなところでうまくやっていけるのかなあ……」
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