籠の鳥編

「しかし、お前の声はまるで聖母のようだった。頼む。金は出す。うちの息子を構ってやってほしい。息子が一人立ちするまでで構わん」
そんな、私のような流浪の民が、そんなご厚意に甘えていいのでしょうか。
「あの子は、精神的に不安定だ。母親のような存在が必要なのだ。しかし私に集まってくる女は馬鹿な女ばかりで、あの子の教育によくない。お前が男だというならば、そんな愚かなことはせんだろう。頼む。生活は保障する。旅から旅のお前にとって悪くない話だと思うが」
私も考えました。確かに魅力的なお誘いには違いないのですが。
「まずは坊ちゃんに会わせていただけませんか?坊ちゃんに選んでいただきましょう。私はそれに従います」

そして私は今度は子供部屋に通されました。
金髪の少年が、ベッドの上でぬいぐるみを抱いていました。
少年の部屋には鳥籠が吊り下げられており、中には綺麗な黄色い羽をした小鳥がさえずっていました。
男爵は、
「息子や、面白い吟遊詩人を連れてきたぞ」
といいました。
少年は父に問いました。
「鳥?鳥を捕まえたの?どんな鳥?」
少年は吟遊詩人(BARD)を鳥(BIRD)と聞き間違えたようです。男爵は一瞬固まると、あっはっはと笑いだしました。
「そうだ、鳥だな。そうだ、鳥だ。息子や、面白い鳥を捕まえたぞ。美しい声で鳴く、面白い鳥だ」
そういうと私を手招いて、
「吟遊詩人の、アルヤという。今日からお前の教育係、母親代わりをやってもらおうと思ってな。美しい歌をいっぱい聞かせてくれるぞ」
と、紹介してくださいました。
「アルヤ?これ人間じゃん!鳥じゃないよ!もしかして、天使なの?」
「いや、人間だ。だが、美しい声でさえずる鳥のような人間だ」
そういうと、男爵は私に向き直り、
「息子のフィリップだ。仲良くしてやってほしい。とりあえずは歌を歌って見せてほしい」
と紹介しました。
私は、
「では、坊ちゃんが私の歌を気に入ってくださったら、私もここに残ろうと思います」
とお答えしました。
私は椅子をお借りして、リュートを爪弾き、とある短い歌を歌いました。

「350日の冬と15日の春 この世界に夏は来ないのか
 絵描きの絵の具は白が5本、緑は1本 毎日白ばかり減ってゆく
 ああ世界はこんなにも寒いのに この世のはずれに 男も女も裸で外を駆け回る園があるという
 そこは一面が緑で 350日の夏と15日の秋しかないという
 絵描きは緑の絵の具を使ってみたい
 絵描きの道具とわずかな銭で 絵描きは南に向かったと」

少年は大層喜んでくれました。すっかり気に入られてしまい、「もっと歌って!もっともっと!」とせがまれるので、私はこの家に御厄介になることにいたしました。
「うちの小鳥も綺麗な声で歌うんだ。アンドレって名前なんだよ。でも、アンドレは喋らないからなあ。同じ鳥なら喋る鳥がいいね。よろしくね、アルヤ!」
私もご挨拶しました。
「よろしくお願いします、フィリップ坊ちゃん。よろしく、アンドレ。あなたは同業ですね」
小鳥が首をかしげながら、ピヨピヨさえずりました。
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