ダリオ編

彼は、とても物腰が柔らかく、語り口も優しい詩人でした。
ああ、この人なら私を解ってくれるはず。そう思って声をかけました。
彼は困っているようでした。「私は弟子を取れるような詩人ではありません」と。
断られるのは慣れていましたので、私はなおも食い下がりました。
そして、「私はカストラートにされて逃げてきたのです」と告白したとき、ようやく彼を説得できました。彼もまた、カストラートの道を蹴った吟遊詩人でした。
「あなたは他人に思えませんね。いいでしょう。私が面倒を見てあげます。生易しい道ではないですが、いいんですね?」
私は頷きました。既に今の浮浪生活が地獄でしたから、どんなことも耐えられると思ったのです。

まず私は発声の仕方、音楽的知識を根底から覆されました。
オペラのように透き通った裏声で美しく歌うのではなく、普通の話し方のような声で、よく響く力強い歌い方をしなければならなかったのです。喉の使い方がまるで違うものでした。
吟遊詩人の詩は相当沢山聞き込んできたので、絶対的な自信があったのですが、それでも音楽の世界がまるで違いました。
伝統的な古い歌、師匠の作った歌、全て暗記させられ、その一方で聴衆の前で発表することを厳しく禁じられました。師匠は見かけに依らず厳しい人でした。ですが、暖かい食事、新しい衣服を用意してもらい、私はとても充実した生活を送っていました。
師匠の教えてくれた歌で、私はまたも運命的な出会いがありました。
アラビアの宦官の活躍の歌でした。
その主人公の名を「アルヤ」といいました。アルヤの名は通称でした。彼の活躍がまるで艶かしい蛇のようだと噂されて呼ばれた名でした。
彼は去勢されたことを隠して生活していましたが、王宮で彼の魅力に取り憑かれた王様やお妃様、侍従達に秘密がばれ、政治の舞台の表や裏で活躍することになる、という創作物語でした。
男でも女でもない存在。背徳的な存在。もちろん自分を重ね合わせずにはいられませんでした。
そして物語に魅了された私に、師匠が、「あなたもアルヤと名乗ってはいかがですか?あなたに似合いの名前ですよ」と、私にその名をくださったのです。
その名を戴いて間もなくのことです。私は晴れて独立を言い渡されました。吟遊詩人のアルヤはこうしてこの世に誕生しました。

しかし、独立してからの生活の方が何倍も苦しかったのを覚えています。
自分の歌を作らなければなりませんでしたし、その為には様々な知識を見聞きしなければなりませんでした。
路銀もほとんど稼げませんでしたし、とても孤独でした。よく大金を稼ぐ先輩詩人達を羨み嫉妬したものです。
ですが、今やっと、私はその位置に到達できたのではないかな、と思っています。
多くは望みません。私は、今の生活にとても満足しています。
だから、今更オペラ歌手になって莫大な富と名声など、必要ないのですよ。
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