ダリオ編

教会に響き渡るパイプオルガンと、天使のような少年達の歌声。私は幼い頃、教会専属の少年合唱団の一人でした。
私が所属していた合唱団では、中流以上の家庭の出身なら、声変わりをするまで誰でも所属することが出来ました。そこそこの腕前が認められれば、声変わりをしてからも大人の合唱団に招かれ、歌を続けることが出来たのです。
私は上流に位置するのでしょうか。広い屋敷に侍従達を抱えた家庭で生まれ育ちました。両親とも歌劇を鑑賞するのが趣味で、幼い頃から私は合唱団に通い、自宅では音楽の家庭教師に歌の指導を受け、音楽漬けの日々を送っていました。特に母は教育熱心で、「レオ、もっといい声が出るようになりたい?」と様々な提案をしてきました。
私は将来もずっと歌を歌い続けるのだろうと、自分の運命を何も疑わずに、ただ歌を歌うことだけを考えて生活していました。

私が10歳を数える少し前でしょうか。仲の良かった年上の友達が、合唱団から卒業するという話を聞きました。
悲しい、寂しいという気持ちよりも、憧れの気持ちの方が強かったように思います。彼は、大人の合唱団に招かれ、同じ教会で歌を続けるという話だったからです。
教会から自宅に帰ってきて、皆で食卓を囲んでいる時です。私は母に、彼のことを誇らしく話して聞かせました。
「今日、ダリオが卒業したんだ。明日から大人の合唱団に行くんだって。僕も早く大人の合唱団に入って、いつかオペラ歌手にスカウトされたいなあ」
うっとりと将来の夢を語る私。しかし、私を見る母の目つきが、にわかに険しくなりました。
「あの子、もうそんな年だったかしら」
「そうだよ。僕より一個上だよ。もう大人の仲間入りなんだね。僕も来年は大人になるのかな」
すると母はワナワナと震えて立ち上がり、私のそばにやってくると、体をかがめて私の手を握り、私に問いかけました。
「レオ、もっといい声が出るようになりたい?」
母は口癖のようにそう問いかける人でしたから、私は何も疑わず、「うん」と答えました。しかし、その時の母の血走った目が今も脳裏に焼き付いています。子供心に、何故か背筋が寒くなりました。
「それじゃあ、近いうちにお母さんがもっといい声が出るようにしてあげますね。レオはがんばり屋さんだから、苦いお薬もちゃんと飲める子ですものね」
思えば、私はこのときに異変を感じ取っていればよかったのです。ですが、私の日常は全て「優れた歌手になる為に」徹底されていましたから、苦い薬も、食事制限も、体力作りも、何も疑問に思わず喜んでこなしていたのです。
しかし、このことばかりは、私には堪え難い試練でした。
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