【番外】ちいさなこいのうた
帰宅した葵の前に、ギンモクセイが膝を折る。
「お帰りなさいませ姫。外套とお荷物をお持ちします」
葵はいつものように、ごく普通に外套と荷物をギンモクセイに手渡した。
その時、ほんの少し葵の指先がギンモクセイの手に触れた。ガサガサしていて、ひんやりしていて、がっしりした大人の男の手。
「!」
廊下を歩くとき、斜め後ろに侍して葵についてくるギンモクセイ。だが、昼間あんな話をしたせいか、妙に意識してしまう。
『お姫様と執事の禁断の恋』
あり得るのだろうか。こんな年の離れたオジサンのギンモクセイが、こんな子供の自分を好きになることなど。
「ギンモクセイ」
「はい、姫」
「私は、子供だと思う?」
「?姫は年齢こそまだ幼いですが、すでに覚醒された身。立派なレディだと思います」
その答えを聞いて、葵は自分の中で赤い実が熟れたのを感じた。私のことを大人の女性だと思ってくれている。ならば、私と恋に落ちる可能性も、無いわけではないのかしら。
「そう。ありがとう」
葵は湯船に浸かり、自分の体をあちこち触ってみた。
胸は小さい。お世辞にもグラマーとは言えない。腰は太い。寸胴な気がする。お尻は小さい。太ももは太いし、脚も短いのではないかと思う。
「私って色気が無いなあ。やっぱり体がまだ子供なのかしら。大人になるまであと80年かかるんでしょう。生理もまだだし。やっぱり覚醒したとはいえ、私はまだ子供なんですわ」
そう言えばギンモクセイは結婚していない。恋人らしき人もいない。毎日機械のように、仕事だけをしている。心乱れる日はないのだろうか。
「私みたいな子供でも、ギンモクセイは好きだと言ってくれるのかしら」
一度意識し始めると、寝ても覚めても考えてしまう。ギンモクセイ。考えてみたら、ギンモクセイとのティータイムは葵にとって大好きな時間だった。
「姫、よいですか、渋みの強いセイロンティーは、高い位置から勢いよく注ぐことによって、お茶に空気が含まれて、渋みがまろやかになるのです」
紅茶を華麗に注ぐギンモクセイの仕草が、葵は大好きだった。一滴も紅茶をこぼすことなく、勢いよく注がれたはずの紅茶は、計ったようにちょうどいい量だった。
さっと差し出された紅茶は、いつもの美味しいギンモクセイの味。だが、なぜだろう。意識して飲んだ紅茶は、いつもよりまろやかで甘く、透き通るようで、特別美味しい。
「今日の紅茶は特別美味しいですわ」
「ありがとうございます」
見上げたギンモクセイの顔も、いつもよりカッコいいような気がして、葵は暫時見惚れる。
「姫?」
ギンモクセイの問いに、ハッと我に返り、葵は勉強に取り組んだ。
どうしよう。いつの間にか本当にギンモクセイのことが好きになっている。これが初恋というものなのだろうか。葵は期末試験の勉強が全く頭に入ってこず、自己採点でバツ印ばかり付けていた。
「お帰りなさいませ姫。外套とお荷物をお持ちします」
葵はいつものように、ごく普通に外套と荷物をギンモクセイに手渡した。
その時、ほんの少し葵の指先がギンモクセイの手に触れた。ガサガサしていて、ひんやりしていて、がっしりした大人の男の手。
「!」
廊下を歩くとき、斜め後ろに侍して葵についてくるギンモクセイ。だが、昼間あんな話をしたせいか、妙に意識してしまう。
『お姫様と執事の禁断の恋』
あり得るのだろうか。こんな年の離れたオジサンのギンモクセイが、こんな子供の自分を好きになることなど。
「ギンモクセイ」
「はい、姫」
「私は、子供だと思う?」
「?姫は年齢こそまだ幼いですが、すでに覚醒された身。立派なレディだと思います」
その答えを聞いて、葵は自分の中で赤い実が熟れたのを感じた。私のことを大人の女性だと思ってくれている。ならば、私と恋に落ちる可能性も、無いわけではないのかしら。
「そう。ありがとう」
葵は湯船に浸かり、自分の体をあちこち触ってみた。
胸は小さい。お世辞にもグラマーとは言えない。腰は太い。寸胴な気がする。お尻は小さい。太ももは太いし、脚も短いのではないかと思う。
「私って色気が無いなあ。やっぱり体がまだ子供なのかしら。大人になるまであと80年かかるんでしょう。生理もまだだし。やっぱり覚醒したとはいえ、私はまだ子供なんですわ」
そう言えばギンモクセイは結婚していない。恋人らしき人もいない。毎日機械のように、仕事だけをしている。心乱れる日はないのだろうか。
「私みたいな子供でも、ギンモクセイは好きだと言ってくれるのかしら」
一度意識し始めると、寝ても覚めても考えてしまう。ギンモクセイ。考えてみたら、ギンモクセイとのティータイムは葵にとって大好きな時間だった。
「姫、よいですか、渋みの強いセイロンティーは、高い位置から勢いよく注ぐことによって、お茶に空気が含まれて、渋みがまろやかになるのです」
紅茶を華麗に注ぐギンモクセイの仕草が、葵は大好きだった。一滴も紅茶をこぼすことなく、勢いよく注がれたはずの紅茶は、計ったようにちょうどいい量だった。
さっと差し出された紅茶は、いつもの美味しいギンモクセイの味。だが、なぜだろう。意識して飲んだ紅茶は、いつもよりまろやかで甘く、透き通るようで、特別美味しい。
「今日の紅茶は特別美味しいですわ」
「ありがとうございます」
見上げたギンモクセイの顔も、いつもよりカッコいいような気がして、葵は暫時見惚れる。
「姫?」
ギンモクセイの問いに、ハッと我に返り、葵は勉強に取り組んだ。
どうしよう。いつの間にか本当にギンモクセイのことが好きになっている。これが初恋というものなのだろうか。葵は期末試験の勉強が全く頭に入ってこず、自己採点でバツ印ばかり付けていた。