第四話 ジェイクの仮面

「てめえら。この家に暮らす最低限のルールは何だった?」
 アントンがおずおずと答える。
「部屋に入る時はノックをすること。洗面所とシャワー室は覗かないこと、……です」
「何で破った?」
「それは……」
 答えに困っているアントンに代わり、ロゼッタが答える。
「だって、お客さん来てるのに、ジェイクどこにもいないんだもん」
「だからって約束破っていいのかあ?!ああん?!」
 突然語気を荒くして怒鳴るジェイクに、アントンもロゼッタも身を竦める。
 相変わらずイカ耳で威嚇しているジェイクは怖い。咬み殺されそうな勢いだ。しかし、アントンはジェイクの怒りの理由を確かめたかった。
「でも、ジェイク、あなたの顔は、綺麗でした。隠すほどのことは……」
「うるっせえバーカ!!!」
 テーブルをダァン!と叩いて怒声を飛ばすジェイク。空気は最悪だ。ロゼッタは半泣きになりながらジェイクを宥めようとした。
「でもジェイク、仮面なんかしなくてもジェイクはカッコいいよ」
「ああん?!ふざけやがって!!」
「ふざけてないもん!!」
 可哀想に、ロゼッタは恐怖のあまり泣き出してしまった。しばらくロゼッタの泣き声が場を支配する。ジェイクは舌打ちをして、ロゼッタが落ち着くのを待った。怒りの炎がロゼッタの涙ですっかり湿気ってしまった。
 恐る恐る、アントンがジェイクに意見する。
「顔を見てしまったのは謝ります、ジェイク。でも、一緒に生活している以上いつかはこうなっていたと思います。なぜ頑なに顔を隠そうとしていたのですか?僕が思うに、本当に、ジェイクの顔は綺麗だと思います。隠すほどのことでもなかったと思います。なぜ、隠しているのですか?」
 ジェイクはふーッと息を吐いて、「昔、虐められて馬鹿にされたからだよ……」と、顔を隠すに至った理由を語り始めた。

 俺は猿族の武器商人のところに、猫族の母親が嫁いできて生まれたハーフだ。母は美しい猫族らしい猫族だった。だが、俺は母にも父親にも似ていなかった。いや、ある意味どちらにも似ていたのかな。モザイクなんだよ。体のあちこちが猿族みたいにつるつるで、顔かたちは猫族の母親に似ていた。ツルツルの猿肌なのは顔だけじゃねえ。体中に禿がある。子供の頃、猫族の奴らにその禿を馬鹿にされてな。「ハゲ猫―!ハゲ猫ー!」っていじられて虐められた。奴ら、毛のある部分を炙って禿を広げようとしてさ。火傷なんかも負った。その虐めを見かねた両親が、ちょうど近所の同い年の隻眼の女子を見てさ、「あの子みたいに眼帯みたいなのする?」って言ってくれて、顔の右側を隠すことを学校に認めさせてくれたのさ。そこから、ずっと、俺は誰にも素顔を晒さずに生きてきた。顔を見られた奴は口がきけなくなるほど殴った。そして力ずくで黙らせてきた。だから、俺の素顔は、誰も知らないことになっていたんだよ。
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