第八幕

ハイドランジアの耳の奥で、さっき傍で怒鳴られたスミレの言葉が山彦のように鳴り響いていました。
「私は好きで寵姫になったんじゃねえ」
「あたしに当たらねーであいつの気を引きゃいーじゃねーか」
「……それができるなら……やってるわよ……!」
ハイドランジアは床に寝転がったまま、泣きながらスミレに言い返しました。
「あの人の気が引けるなら、あんたなんか虐めてないわよ!!」
昔は優しかったヘンルーダ。しかし彼は、次々新しい女に手を出して、ここ数年はめっきり相手にしてくれなくなりました。
何度も気を引こうとしましたが、彼の心は帰ってきませんでした。
それでもあの人にいけずをしたら、あの人の心はもっと離れて行きそうで、彼女は彼のお気に入りの寵姫に嫌がらせをすることで憂さを晴らしていました。
新しくやってきたこの子持ちの女も、あの人に可愛がられて喜んでいるから、私を見下しているんだろうと思っていた。でも、この女はあの人を汚い言葉で罵り、喜んでないという。ハイドランジアは分からなくなりました。
「もっと積極的に行けよ。あんな腐れ外道でも、手前はあいつが好きなんだろ」
「そんなこと……できるわけ……!」
「できないって言うのか?やれよ、やってくれよ。あたしよりあんたのほうがずっといい女じゃねえか。あたしはあいつの相手をするのはもうまっぴらごめんだぜ」
そう言うと、スミレは未だ泣き止んでない赤子の元へ行き、おしぼりで火傷を冷やしながら、愛おしそうに抱きかかえて、自室へと姿を消しました。

その夜、ハイドランジアはスミレに言われたセリフを何度も反芻していました。
もう何年も、ヘンルーダの相手をするのは諦めて、寵姫虐めばかりしていた。
いまさら彼が私になびいてくれるかしら。本当は彼女は自分に自信がありませんでした。ヘンルーダに嫌われるのが怖くて、女子力を上げようと、お稽古事やお洒落を頑張っていたけれど。
「あたしよりあんたのほうがずっといい女じゃねえか」
本当に、そう思う?
ハイドランジアは分からなくなって、また泣きました。
確かに、あんな乳飲み子に火傷をさせるのは、やりすぎたかもしれない。
ハイドランジアは、少し罪悪感を感じて、スミレに謝ろうと思いました。
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