貴方と俺と“彼女”の関係について
そう言えば、この助手席は何も俺専用と言うワケではない。
安室透を知っている者、その裏側を知る者、この車は様々な人を乗せている。そこに何らかの特別性はない。
「どうした風見、考え事か?」
「へっ? いえ別に、そう言うワケでは……」
「そんなあからさまに
緩やかに車を走らせながら降谷さんはおかしそうに笑んで見せた。俺は何だか居た堪れなくなって目線を窓の外に向ける。
「で? 何を考えていたんだ?」
どうやら話すまで逃がしてくれないらしい。
早々に観念した俺は、目線を正面に戻し、肩の力を抜いた。
「自分もある意味ではこの車との付き合いが長いなって、ふと思っただけですよ」
「ふぅん? まぁ確かにそうだな」
「降谷さんが動けない時は自分が運転したりもしましたよね」
「そんな事もあったっけなァ」
「逆に、負傷した自分がお世話になった時もありました」
「実際、救急車を呼ぶよりその方が早かったからな」
ふと目を閉じてみる。それらは色あせる事なく己の脳内で鮮明に映し出される。
そのどれもが大切な思い出であり、この国の平和に貢献してきた確かな証だ。
「あぁ、そう言えば」
「え?」
「仕事以外で君を
「……」
降谷さんは明らかに含みのある笑みを浮かべている。
完全に見透かされていて、本当に居た堪れなくなる。徐々に赤くなっていく顔を見られなくなくて、そのまま俯いてしまった。
つまり、俺が本当は何を考えていたのか大体は筒抜けになっていたワケだ。あぁ、恥ずかしくて穴があったら入りたい。
だってこんなの、子供じみた嫉妬みたいじゃないか。
「拗ねるなよ。それに、僕達が“そう言う関係”になってからまだ日が浅いんだから」
「う、うぅぅっ……す、すねてませんっ」
「はは、耳まで真っ赤だ。可愛い奴」
緩やかだって走りが停まる。目の前の信号は赤く光っていた。
「……」
ゼロの連絡役を拝命して、そこからは怒涛の連続だった。時には命がけの戦いを、俺達は共に駆け抜けてきた。俺の場合は背中を追いかけていたと言うのが正しいが。
彼女――この車は本当に色々なものを乗せてきたのだと思う。目に見えないようなものだってきっとあっただろう。
そしてそれは、これからも変わる事はない。いつか本当の意味で役目を終えるまで“彼女”は走り続けていく。降谷さんと共に、どこまでも。
願わくば、その中に自分も含まれてくれればと、どうしても欲目が出てきてしまう。
見届けられるだろうか、俺も。生きて、最後まで。
「なぁ、風見」
「はい、何でしょうか?」
「今夜さ、僕と一緒に夜景でも見に行こうか」
降谷さんがこちらを振り向く。美しい碧眼はとても優しくて、不意に伸びてきた手は俺の唇に触れる。
指の腹でゆっくりと下唇をひと撫でした。
「あ、ああ、あの」
「迎えに行くから、いい子にして待ってろよ?」
「ひぇ……」
あまりにも絵になりすぎて変な声が自重できなかった。
「もちろん、君の席はここだ」
「ひ、ひゃい……」
なんて人だ、自分の顔の良さを全面に押し出してきている。
でもそうか。この言い方だと……デートのお誘いみたいなものなんだろうな。
「言っておくが、残業なんかしたら許さないからな」
「が、頑張って残りの書類をまとめますっ!」
信号が青に変わり、停まっていた車が走り出す。
警視庁までの道のりはそう遠くない。中々熱が引かない顔を、もう一度窓の外に向けた。
本当に、こんなにも美しい人が見初めた人間が俺だったなんて。誰に言っても信じてもらえないだろうな。
「夜景デートの後は、安室の家で少し遅めの晩ごはんだ」
「え、俺もご馳走になっていいんですか?」
「当たり前だ。と言うか君、明日は確か休暇を入れているハズだったな?」
降谷さんの言う通り、確かに休みを入れている。特に用事があるワケではないのだが、あまり休みを取らなさすぎると言うのも問題視されるもの……つまりはそう言う事情だ。
「風見、さすがの君もわかるだろ?」
「へ?」
「今夜、君を帰すつもりはない――言っておくが、僕は本気だからな」
運転する降谷さんの表情はいたって普通だ。
だが、俺の目には見えてしまった。健康的な褐色の肌がほんのり赤くなっているのを。
こんなの、完全に反則じゃないか。俺に用意された選択肢など、始めから一つしかないようなものだ。
「や……」
「や?」
「やさしくしてくださいね……」
それだけ言うので精一杯だった。両手で顔を覆い、俺は完全に頭を垂れた。熱すぎて顔から火を吹いてしまいそうだ。
一定を保たれていた速度が上がった気がするが気にかける余裕もなかった。
これからも走り続ける。
降谷さんも、俺も、そして“彼女”も。
時には無傷で済まない場合もある。実際そうなった事もあった。
だとしても、俺達は走り続けていく。この国の為に、そこに住まう者達の為に。
どんな道筋であろうとも、ただひたすらに。
END