貴方と俺と“彼女”の関係について


 思えば“彼女”との付き合いもそれ相応だ。


「風見、乗れ!」
「はいっ!」

 例えば、容疑者を追跡する手段として。
 幾度となく繰り返されたそれは、途中から数えるのをやめていた気がする。
 時にはお互い無傷で済まなかった場面もあったが、彼女の存在はこの国の平和を護る為になくてはならない存在とまでなっていた。大げさかもしれないが、少なくとも俺はそう思っている。
 件のIOTテロ事件の際には見るも無残な状態になってしまっていたが、諸々の無茶を利かせて押し通して何とか復活させる事ができた。
 降谷さんが長年愛用している車と言うのもあるが、つまりは俺も相応の愛着が湧いていたのだろう。加えて、彼は実に沢山の大切な者達を喪い続けた過去もある。
 要らぬ世話だったのかもしれないが、これ以上失わせたくないと言う思いも手伝っていたのかもしれない。


 * * * *


「風見、もう少しの辛抱だ」
「……は、はい」
「まだ倒れてくれるなよ。やらなければならない事は山のようにあるんだからな」

 例えば、深手を負ってしまった時。
 凶悪な犯罪者を相手取るこの職業は、時として身体を張って、命を賭けて職務にあたらなければならない。
 救急隊の到着が望めない局面では(あまり大きな声では言えないが、秘密裏に処理しなければならない時もある)やはり“彼女”の力を借りる時が多かった。特に降谷さんは立場故に表立って動けない。場合によっては俺の方が彼女のハンドルを握る時もあった。
「シート、汚れてしまいますね。申し訳ありません」
「そんなの、君が気にする必要はない。
 あまり喋るな。傷に障る」
「それは、そうなんですが……」
 重ねて言うが、俺にも相応の愛着がある。自分の血で汚してしまうのは忍びない。
 とは言え、そんな事を考える余裕があるのだから怪我自体は大事には至らないだろう。ある種の経験則と言うものだ。
 降谷さんの方も法定速度を破る気配は見受けられない。俺は二重の意味で胸を撫でおろした。
「以前とは逆の立場だな」
「えぇ、そうですね。貴方は深手を負っていて、自分が運転させてもらいました」
「自分で運転すると主張したら、ものすごい勢いで鍵を奪い取っていた」
「当たり前でしょう。自分の判断は至極当然です」
 なんて言ってみせるが、実際は人並みに緊張もした。何せ助手席には重傷の上司、しくじるワケにはいかなかったから。
 ……そうだ、この車は数多くの命を救ってきた。そして今、救われるのは俺の方となる。
「無事に退院できたら、掃除の手伝いをさせてください」
「あぁ、いくらでも手伝わせてやる。だから、弱気な事は考えるなよ。
 呼吸が荒くなってきている。少し眠るといい」
「降谷さん……」
「僕の運転なら、君も安心できるだろう?」
 ふふ、何ですかそれ。俺、知ってるんですよ。貴方が時折見せる無茶苦茶なドライビングテクニックを。
 あぁでも、ここ最近ではうっかり転寝うたたねした記憶しかなかったかな……

 どんな状況でも、隣にいるのが貴方だから。
 口に出しては言わないが、安心できるのは確かだ。
 今までも、そしてこれから先も変わらない。そんな確信めいた思いが俺の中で確かに芽吹いていたんだ。
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