夜中にふと目を覚ますと腕の中に大切に仕舞っておいた筈の名前の姿が見当たらず、微睡みの中を泳いでいた意識がぐんと急浮上する。
数時間前までこれでもかと己の欲をぶつけ倒していたせいか体のあちこちが軋んだが、今はそんなものはどうでも良い。ひんやりと冷たい床にひた、と足をつけてベッドから這い出ると愛しい温もりを探しに寝室を出た。

「名前…？」

僅かに掠れた声で愛しいその名前を呼んでみると、キッチンからカタンと小さな音がした気がして足早にそちらへ向かう。こんな時間にあいつァ何やってんだ？風邪でも引いたらどうする気だ、なんて腹の中で幼い苛立ちすら覚えながらその姿を視界に捉えた瞬間、俺はヒュッと息を呑んだ。何故か、大切な彼女が泣いている。

「おまっ…な、どうしたァ？」
「…あれ、ごめ…起こしちゃった？」

目尻に溜まった涙を指で拭って徐ろに顔を上げた目元が赤く腫れている。何だ、俺の寝ている間に何があった？知らない所で涙を流していたらしいそのいじらしさに胸が痛み、細っこい体に急いで腕を伸ばす。
目元の赤みとは裏腹に普段と変わらない穏やかな雰囲気で不思議そうに此方を見つめる名前を掻き抱いて、甘く香るその頭に頬を摺り寄せると腕の中からクスクスと小さな笑い声が洩れ聞こえてきた。一体何が何なのか、益々状況が分からなくなりいよいよお手上げだと音を上げようとした次の瞬間、突然上を向いた名前の柔らかい唇がふわりと俺の唇を掠めてぴたりと一瞬時が止まった気がした。

「ッ、何笑ってやがる…？」
「ふふ、だってね。実弥くん、私の事心配してくれたんだなぁって思ったら嬉しくって」
「……あァ？」

まるで言いたい事が分からないまま首を傾げる俺に、ニコニコと笑みを浮かべながら流し台の横に置かれた何かの薬を手繰り寄せた名前は「これ読んでみて？」とそのパッケージを手渡してきて。どれどれとそこに書かれた文を読み上げて、漸くその涙の意味に気が付いた。

「…花粉による目の痒み、くしゃみ、鼻詰まりにこれ一錠……」
「晩ご飯の後、お薬飲み忘れたなーとは思ってたんだけどね？その…アレ、が終わってから急に鼻が詰まってきて、意識し始めたらもう目が痒くて堪らなくなってきちゃって…。さっき限界を迎えてお薬飲んでたの」
「ハァァ……」
「あの、吃驚させちゃってごめんね…？」

申し訳なさそうに服の裾を摘んで此方を見上げてくるその赤く腫れた瞼に唇で触れて、小柄な体を腕の中に閉じ込めるように強く強く抱きしめ直すと徐に背中に回された手がそれはもう優しく背中を摩ってくるもんだから、思わず本音が零れ出てしまった。

「……隣にお前が居ないと安心して寝られねェ」
「…うん」
「心臓が止まるかと思ったわァ…」
「ふふ、ごめんなさい」
「次離れる時は俺も起きるから声かけろよ」
「でも、」
「あァ゛？」
「…はい」
「分かれば宜しい」

言質を取って漸く満足した所で名前がもう目を擦っていない事を確認してヒョイと抱き上げる。きゃあ、と腕の中であがった声は無視して真っ直ぐに寝室へと運び込むと、未だ戸惑いの声をあげるその細い体を皺の寄ったシーツの上に降ろしてギシリとその上に覆い被さった。

「えっ？ちょ、実弥くん…？」
「んー？」
「私、もう無理だよ…？」

ぐいぐいと俺の体を押し除けようとする悪い両手を頭の上で一纏めに掴みながら、空いている方の手を寝巻の中へ潜り込ませて温い柔肌の上に指を滑らせる。やめて、無理だ、と抵抗するその口とは裏腹に、細い体は俺の手の動きに合わせてヒクヒクと善がる様に震えるのだからもう辛抱堪らない。
ここまで散々目の前の涙に心を揺さぶられたのだ。お礼に多少揺さぶり返したってバチは当たらないだろう。

――さァて、こっからは俺だけの為に泣いてもらうとすっかねェ。