二枚家王悦

【目覚めのスムージー】
 コンコンコン...
扉を叩き暫く待つものの、相変わらず部屋から返答が返って来る事はない。ナックルヴァールは「入るぜ」と声を掛け、鍵を解錠して扉を開けた。
(荒れてんなァ…陛下が来る前に片付けとかないと、俺が怒られちまうよ。)
足の踏み場がない程に散らかった室内。破れた布地や綿が出たクッション。自傷する危険がある事から、鋭利な物は置いてない筈だけどな…と思ったナックルヴァールは床に転がっているピンヒールを見つけた。
(コレか…。)
折れたヒールは傷だらけで、残骸のように散らばった布地はこれで引き裂かれたのだと推測した。
ナックルヴァールは持っていた籠をサイドテーブルに置き、この部屋にいる囚われの王子様を捜した。天蓋のベッドの上に姿はなかった。
「今日は何処に隠れてるんだ?」
ナックルヴァールはバスルームやクローゼットを確認したが、彼の姿はなかった。
(まさかな…。)
ナックルヴァールはベッドの下を覗き込み、布に包まる彼の姿を見つけた。
「こんな所にいたのか…猫じゃあるまいし、出て来ておくれよ。」
ナックルヴァールはベッドの下で眠る彼を引き摺り出し、ベッドの上に横たわらせた。
「モーニングコールに来たぜ…朝飯食ってくれよな。」
「……。」
ナックルヴァールの声掛けに全く反応しない男…捕虜であり、陛下の寵愛の対象でもある二枚屋王悦だ。ナックルヴァールは彼の世話をするよう命令を受けていた。親衛隊の中でも一番下っ端であるナックルヴァールは、男の世話をするなんて嫌だと思っていたが「この様子だと聖兵に務まる訳がないよな…」と溜め息を零すしかなかった。
「アンタが一口でも食べてくれないと、俺…帰れないんだよ、頼むよ。」
王悦の瞳は焦点が定まらず、何処を見つめているか分からなかった。ナックルヴァールは籠からボトルを取り出してグラスに注いだ。食事を摂ろうとしない王悦に疲弊したナックルヴァールは、果物や野菜をすり潰してスムージーにして持ってきた。他にも一応ハムやチーズ、クラッカー等は持ってきている。食事の準備が整い、ナックルヴァールは横になったまま動かない王悦を座らせる為にベッドに上がった。
「老人じゃないんだから、自分で座って自分で食べてくれよ。」
「……キミに比べたらボクは老人だYo.」
「答えて欲しいのはソッチじゃないんだけど…。」
(駄目だ、まともに話が通じない。)
布を剥ぎ取り、王悦を抱え上げてサイドチェアに座らせる。彼は裸同然の格好で、目のやり場に困る…紐みたいに細いレースの下着を着用している。ガーターベルトは陛下のご趣味だろうか?
「ほら、此処にあるものどれでもいいから食べてくれる?」
「要らないYo.キミが食べて、ボクが食べた事にしてくれないKai?」
「それは駄目だ。俺が片付けてる間、食べる努力をしてくれなよな。」
ナックルヴァールは散らかった布や綿をかき集めて掃除を始めた。せっせと動き回るナックルヴァールの姿を王悦はジッと眺める。
「働き者だNe.」
「好きでやってんじゃないの!せっかく陛下がアンタの為にプレゼントしてるってのに、こんなメチャクチャにしちゃって。」
「そうだNe….」
「片づけが終わっても手を付けてなかったら、無理やり食べさせるよ。」
王悦は返答せず、椅子の上に両足を上げて子供の様に体を丸めて座っている。ナックルヴァールは溜め息を吐いて体を動かした。
(捕虜として監禁しているのだから、精神的におかしくなるのは当然と言えば当然…ならば、散らかさないように縛り付けておいて欲しいけどな…。)
そう思いながら、ナックルヴァールは集めた残骸を袋に詰め込む。陛下は何故かこの男に執着し、寵愛している。他の捕虜のように拘束したりはせず、逢う度に両手で抱えきれない程プレゼントを贈る。それは彼を愛している証だった。
「片づけ終わったよ。食べたかい?」
ナックルヴァールはテーブルに置かれた朝食に目を配る。王悦が手を付けた痕跡は見られない。王悦はと言うと相変わらずボーっと項垂れているだけで、その姿はボケ老人と変わらなかった。
ナックルヴァールは大きく深呼吸をして、グラスを持った。スムージーを口に含み、間髪入れずに王悦の顎を掴んで引き上げる。そして王悦に口付け、それを彼の口の中に流し込んだ。驚きで目を見開く王悦だったが、流れ込んでくるドロッとした液体を反射的に飲み込んでしまった。
「げほ、ごっほ…キミって大胆なんだNe….」
「これが一番手っ取り早い。」
陛下に見られたら叱られるかもしれない…しかし、下手に抵抗されて傷を付けた時の方が怖い。男とキスするなんて不本意だったが、ナックルヴァールは「これも仕事だ」と割り切った。
「さぁ、用事は終わった。俺は撤収するぜ。」
ナックルヴァールはテーブルの食事を片付け、残骸の入った袋を持って部屋を出ようとした。
「ま…待ってくれYo!」
「なんだ?」
此処に来てから一番大きな声を発する彼に、ナックルヴァールは後ろを振り返った。王悦は椅子から立ち上がり、妖艶に微笑みを浮かべてナックルヴァールを見つめている。その表情を見てゾクリと鳥肌が立った。今まで廃人同然の王悦がハッキリと表情を露わにしている。
「もう少し…ボクに触れてくれないKai…?」
「はぁっ!?」
一歩、一歩にじり寄って来る王悦にナックルヴァールは恐怖した。よく見ると頬は紅潮し、瞳は情欲の炎が揺らめいている。
「おいおい、陛下と間違えてんのか?」
「ボクの目はちゃんと視えてるYo.」
「一旦落ち着けって。もう少ししたら、じきに陛下が来られる。それまで我慢しててくれ。」
ナックルヴァールは慌てて扉に向かって歩くが、それより先に王悦の腕が腰に巻き付いた。
「捕まえたYo…….」
「……なっ!!?」
王悦の目がナックルヴァールの瞳を捉えて離さない。引き剥がそうとするナックルヴァールだったが、王悦はとんでもない力でしがみ付いてくる。
「放せって!一体どうしたってんだよ!?」
「キミはどんなふうに、ボクに触れてくれるんDai…?」
王悦は何やら変なスイッチが入ってしまったようだ。ナックルヴァールにそのような趣味は持ち合わせていない。彼は陛下のお気に入りであり、手を出せば陛下から制裁されるだろう。
「触らねーよ!そんな事したら、陛下に殺されちまう!」
押し問答を続けていると、扉をノックする音が聞こえてきた。ガチャリ、と扉が開く。ナックルヴァールは背筋を凍らせた。
「おはよう、愛しき我が妻よ…随分と賑やかな声が聞こえてくるではないか。」

Askin The End.
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