見えざる帝国の日常(シリーズ)
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「暇だなぁ…なんか面白い事ねぇのかよ…。」
銀架城内にある講堂の長机の椅子に座り、ぼやいているのはドリスコール・ベルチ。彼の言う楽しい事と言うのは、人や物を破壊して思いきり暴れる事。一応気を遣って鍛錬場で暴れてやったが、想定を上回る被害に銀架城内で暴れる事を禁止された。それ以来、どうしても暴れたい時はハッシュバルトに許可を得てからグレミィに付き合って貰っている。グレミィはドリスコールの言う通りの世界を創造してくれるので、思う存分暴れることが出来た。
「今月はもうグレミィは付き合ってくれねぇし…。」
グレミィは「君と付き合うのはめんどくさい。月に一度だけにしてよね」と言った。ドリスコールからしたら「四六時中檻の中にいる方がつまらねぇだろう」と反論した事だが。
大きな溜め息を吐いていると、声を掛けてくる人物がいた。
「ベルチ様、御機嫌よう。」
「おっ!?キルゲの娘じゃねえか。どうしたんだ?」
ドリスコールはキルゲの娘こと、名前の姿を見て喜んだ。星十字騎士団の中にいる数少ない女性騎士の方から声を掛けてくるなんて、今日はツイてると思った。
「キルゲ様からお預かりした封書を、お届けに参りました。確認して頂けますか?」
「あ~アレか…ちっ、キルゲもしつこいな奴だな…。」
ドリスコールは名前から手紙を受け取ったが、中身を確認しなくとも何が書いてあるか分かっていた。これは請求書だ。以前、キルゲに呼ばれてテラスで食事した際、なんかの弾みで椅子を投げてしまいそれが壁を直撃した。壁だけだったら良かったものの、飾っていた額縁が外れて落下した。その絵画がめちゃくちゃ高価なものだったらしく、それの修理費を請求されているのだ。
『貴族なんだから、どケチな事言ってんじゃねぇよ!』
『お金の問題ではありません、君はもう少し教養を身に着けるべきです。それを理解して頂く為ですよ。』
『はぁっ!?どういう意味だ?結局払わなくていいって事なのかよ?』
『やれやれ……。』
キルゲは憎たらしい表情でドリスコールを一瞥し、彼と話したのはそれきりだった。
「それでは、わたくしはこれで失礼致しますね。」
「おい、待てよ。」
ドリスコールは用事が済んだ名前に声を掛けた。キルゲも悪い奴だ。同じ銀架城内にいるなら、請求書ぐらい自分で持って来ればいいのに。気が立っているドリスコールは苛立ちを肉欲に変貌させた。
(こんなに可愛い部下を俺にあてがうなんて、襲ってくれと言っているようなもんだ。)
名前は星十字騎士団の内でも上玉に入る美人だ。そんな彼女を無理矢理にでも抱く絶好のチャンスだった。
(キルゲの娘よ。恨むなら、自分の主を恨めよ。)
ドリスコールは華奢な名前の腕を引き寄せようと手を伸ばした。すると掴んだ筈の手には何も残されていなかった。避けたというより、居なくなったと言った表現の方が正しい。
「ベルチ様、キルゲ様の封書は確かにお届けしました。これにて失礼致します。」
足の速い名前は数メートル先に佇み、丁寧にお辞儀をして講堂を出て行った。
「ちっ!」
ドリスコールはこめかみに青筋を浮かべながら舌打ちし、手紙をビリビリに破り捨てた。
(ドリスコールへの用事に名前ちゃんを使うなんて、不用心だと思ったけど…キルゲはそれだけ彼女を信頼しているんだな。)
二人の様子を見ていたナックルヴァールはふっと息を吐いた。星十字騎士団の騎士の男女比率は八対二。同じ星十字騎士団内の流血沙汰なんてしょっちゅう起きる。その中でも少数派である女性騎士は常に複数人で行動して自衛していると言うのに、名前は一人で城内を歩き回っている。
(女性が一人で歩き回るなんて、危なっかしくて見てられないんだけど…。)
騎士達の監視係であるハッシュバルトだっていつも城内にいる訳ではない。揉め事は大抵彼がいない時に起きている。ナックルヴァールは名前が男性騎士達に襲われないか常に心配していた。
(名前ちゃん、さっきあっち行ったよな…。)
名前が講堂から出て行ったのはキルゲの部屋とは真逆の扉。行く先が気になったナックルヴァールは彼女の霊圧を辿り、様子を伺う事にした。名前は廊下を抜けて中庭に出た。そしてベンチに座っていた男性騎士に声を掛ける。距離がある為、二人の会話までは聞こえない。
(げっ…名前ちゃんまた男に声掛けてるよ…。)
いくらキルゲの命令とはいえ、恐れ知らずに男に声を掛けるなんて肝が据わっている。彼女の美貌からしたら、声を掛けられた方の男は勘違いしてしまうような気がした。
(アイツはギズバッドじゃねぇか…。)
名前と会話しているのはジェローム・ギズバッド。ドリスコールまでとは言わないが、彼もどちらかと言うと人相の悪い巨漢だ。彼はドリスコールとは違って見た目ほどの粗暴さはないが、普段の物静かさとは裏腹に、戦闘時になるととんでもない力を発揮する。
名前は穏やかな表情を浮かべ、立ち上がったキズバッドと二人で中庭を歩き出した。
(あれ…なんか雰囲気良くない…?)
ギズバッドも目尻を下げて名前を見つめている。ナックルヴァールは冷や汗を流しながら二人の様子を見つめた。
(ちょっと、ちょっと…まさかそんな事ってある?)
気持ち、二人の距離は近いように感じる。ナックルヴァールが知らないだけで、気心知れた仲なのかもしれない。傍から見た二人の姿は美女と野獣。バラが咲いている庭園で、今にも二人は踊り出すのではないかと思った。
(嘘だろォ…!?まさか、ギズバッドが恋敵なんて…。)
二人はバラの茂みに入って行った。腰丈程の高さなので二人の姿は見えるが、ナックルヴァールは気が気でなかった。
(こうしちゃいられない…話し掛けてみるか…。)
我慢出来なくなったナックルヴァールは冷静さを失わないように、余裕ある足取りで二人に近付いた。ギズバッドはバラを指差しながら名前と会話していた。
「やぁお二人さん、何してるんだい?」
「ナックルヴァール…。」
「ナックルヴァール様、御機嫌よう。」
名前は立ち上がり、ナックルヴァールにお辞儀した。
「名前ちゃん、ご機嫌よう。」
誰に対しても礼儀正しく挨拶する彼女に惚れ惚れする。一言だけ言葉を発したギズバッドは、剪定鋏でバラの枝を切り落とした。彼は口下手で多くを語る男ではない為、替わりに名前が答えた。
「バラの剪定をしています。ギズバッド様は植物を育てるプロフェッショナルな方ですので、その知識をご教授頂いている所でした。」
「へぇ…ギズバッド、そんな趣味があったのか…。」
何と言うか、見た目のわりに可愛らしい趣味だと思った。ギズバッドは慣れた手つきで余分なバラの枝を切り落としていく。
「ギズバッド様のお陰で、沢山の花が咲くようになったんです。バラは手を掛けないと綺麗に咲きません。園庭が綺麗になった事で、陛下やキルゲ様もこの園庭に足を運んで下さります。」
「この庭…綺麗に手入れされてるなって思ってたけど、ギズバッドのおかげだったんだな。」
「はい!ギズバッド様が育てた野菜も、とても美味しいのですよ。」
「へぇ、そうなんだ…俺も食べてみたいな~!」
黙々と作業しているギズバッドだが、二人の会話を聞いて耳が赤くなっていた。照れているようだ。
(なんだよ、ギズバッドの野郎…俺が話し掛けたら途端に黙り込んだじゃねぇか…さっきは名前ちゃんと喋ってた癖によ…。)
ナックルヴァールは腕を組みながらギズバッドを見つめた。少なからず、彼女とは親しいようでナックルヴァールは面白くなかった。
「ナックルヴァール様…少し屈んで頂けますか?」
「えっ…なになに?」
名前に言われ、少し前かがみになる。彼女の顔が近付いてきて、ナックルヴァールは思わぬ展開に期待した。
(名前ちゃん、大胆な…!目の前にギズバットがいるのよ?)
名前がナックルヴァールを見つめる。
(俺も男だ…彼女の期待に応えるべきだ。)
覚悟を決めたナックルヴァールはキス待ち顔になり、その瞬間を待ちわびた。何故このような状況になったかは分からなかったが、今は下手に喋って雰囲気を崩したくなかった。
名前がナックルヴァールの頭に手を伸ばし、髪に付いていた芋虫を摘む。名前は捕まえた芋虫を掌に乗せて彼に見せた。
「芋虫が付いておりました。」
「うわあぁっ!」
ナックルヴァールは驚きで後ろに後ずさった。どちらかと虫は言うと苦手な方の部類で、極力視界にも入れたくなかった。足場が悪く、よろけたナックルヴァールは背後のバラの茂みに倒れた。
「痛っ…いってぇ!」
「ナックルヴァール様っ!?」
バラの枝は棘があり、勢いよく突っ込んだナックルヴァールの服に無数の棘が突き刺さっている。名前はギズバッドに助けを求めた。
「ギズバッド様、どうしたら宜しいでしょうか?」
バラの枝は棘だらけで迂闊に動けば更に棘が刺さってしまう。ギズバッドは立ち上がり、素手で茨の枝を持ち上げた。彼の手の皮は分厚く、棘が刺さる事はなかった。その間に名前がナックルヴァールの手を掴み、彼を引っ張り出した。
「こんなカッコ悪い姿見せちまうなんて…致命的な気分だ。」
ナックルヴァールの装束はバラの棘が突き刺さっており、痛々しく見えた。名前はナックルヴァールの背後に回り、草木を払ってくれているがバラの棘は簡単には取れそうになかった。
「虫が苦手なのか?」
ギズバッドに言われ、ナックルヴァールは図星だった。
「そうだよ、悪かったな!」
植物を扱う中で、虫とは切っても切れない関係。ナックルヴァールは自分は絶対庭師にはなれないと思った。そう思うと、ギズバッドの姿はとても男らしく見えた。
(名前ちゃん、幻滅しただろうな…。)
ナックルヴァールは泣きたい気分だった。コッソリ二人の様子を伺っていればこんな事にはならなかったのに…。
「っぷ…あははは!」
感傷的な気分になっていたナックルヴァールだったが、名前の笑い声に拍子抜けした。それはギズバッドも同様だったようで、二人はお互いに顔を見合わせた。
「名前ちゃん…?」
名前は口元を押さえて「申し訳ありません」と謝罪したものの、堪えきれずに肩を震わせて笑っている。日頃、ここまで破顔しない彼女の笑顔に、ナックルヴァールとギズバッドも自然と笑みが零れていた。
「そんなに面白かった?」
「はい…申し訳ございません…クスクス。」
「ハハハ…こんなに名前ちゃんが笑ってくれるなんて…俺、嬉しいよ。」
ナックルヴァールは羞恥心を感じたが、それ以上に満面の笑みで笑う彼女の姿が可愛いと思った。ギズバッドも今まで見た事のない表情で笑っている。
(カッコ悪ぃ姿見せちまったけど、二人の笑顔を見る事が出来たのは収穫だったな…。)
ナックルヴァールはとんだ災難だと思ったが、悪い気分ではなかった。
この後も三人は他の草花を鑑賞したり、ギズバッドが手塩に掛けて育てた野菜を収穫したりと穏やかな時間を過ごしたのでした。
【美女と野獣】...end.
銀架城内にある講堂の長机の椅子に座り、ぼやいているのはドリスコール・ベルチ。彼の言う楽しい事と言うのは、人や物を破壊して思いきり暴れる事。一応気を遣って鍛錬場で暴れてやったが、想定を上回る被害に銀架城内で暴れる事を禁止された。それ以来、どうしても暴れたい時はハッシュバルトに許可を得てからグレミィに付き合って貰っている。グレミィはドリスコールの言う通りの世界を創造してくれるので、思う存分暴れることが出来た。
「今月はもうグレミィは付き合ってくれねぇし…。」
グレミィは「君と付き合うのはめんどくさい。月に一度だけにしてよね」と言った。ドリスコールからしたら「四六時中檻の中にいる方がつまらねぇだろう」と反論した事だが。
大きな溜め息を吐いていると、声を掛けてくる人物がいた。
「ベルチ様、御機嫌よう。」
「おっ!?キルゲの娘じゃねえか。どうしたんだ?」
ドリスコールはキルゲの娘こと、名前の姿を見て喜んだ。星十字騎士団の中にいる数少ない女性騎士の方から声を掛けてくるなんて、今日はツイてると思った。
「キルゲ様からお預かりした封書を、お届けに参りました。確認して頂けますか?」
「あ~アレか…ちっ、キルゲもしつこいな奴だな…。」
ドリスコールは名前から手紙を受け取ったが、中身を確認しなくとも何が書いてあるか分かっていた。これは請求書だ。以前、キルゲに呼ばれてテラスで食事した際、なんかの弾みで椅子を投げてしまいそれが壁を直撃した。壁だけだったら良かったものの、飾っていた額縁が外れて落下した。その絵画がめちゃくちゃ高価なものだったらしく、それの修理費を請求されているのだ。
『貴族なんだから、どケチな事言ってんじゃねぇよ!』
『お金の問題ではありません、君はもう少し教養を身に着けるべきです。それを理解して頂く為ですよ。』
『はぁっ!?どういう意味だ?結局払わなくていいって事なのかよ?』
『やれやれ……。』
キルゲは憎たらしい表情でドリスコールを一瞥し、彼と話したのはそれきりだった。
「それでは、わたくしはこれで失礼致しますね。」
「おい、待てよ。」
ドリスコールは用事が済んだ名前に声を掛けた。キルゲも悪い奴だ。同じ銀架城内にいるなら、請求書ぐらい自分で持って来ればいいのに。気が立っているドリスコールは苛立ちを肉欲に変貌させた。
(こんなに可愛い部下を俺にあてがうなんて、襲ってくれと言っているようなもんだ。)
名前は星十字騎士団の内でも上玉に入る美人だ。そんな彼女を無理矢理にでも抱く絶好のチャンスだった。
(キルゲの娘よ。恨むなら、自分の主を恨めよ。)
ドリスコールは華奢な名前の腕を引き寄せようと手を伸ばした。すると掴んだ筈の手には何も残されていなかった。避けたというより、居なくなったと言った表現の方が正しい。
「ベルチ様、キルゲ様の封書は確かにお届けしました。これにて失礼致します。」
足の速い名前は数メートル先に佇み、丁寧にお辞儀をして講堂を出て行った。
「ちっ!」
ドリスコールはこめかみに青筋を浮かべながら舌打ちし、手紙をビリビリに破り捨てた。
(ドリスコールへの用事に名前ちゃんを使うなんて、不用心だと思ったけど…キルゲはそれだけ彼女を信頼しているんだな。)
二人の様子を見ていたナックルヴァールはふっと息を吐いた。星十字騎士団の騎士の男女比率は八対二。同じ星十字騎士団内の流血沙汰なんてしょっちゅう起きる。その中でも少数派である女性騎士は常に複数人で行動して自衛していると言うのに、名前は一人で城内を歩き回っている。
(女性が一人で歩き回るなんて、危なっかしくて見てられないんだけど…。)
騎士達の監視係であるハッシュバルトだっていつも城内にいる訳ではない。揉め事は大抵彼がいない時に起きている。ナックルヴァールは名前が男性騎士達に襲われないか常に心配していた。
(名前ちゃん、さっきあっち行ったよな…。)
名前が講堂から出て行ったのはキルゲの部屋とは真逆の扉。行く先が気になったナックルヴァールは彼女の霊圧を辿り、様子を伺う事にした。名前は廊下を抜けて中庭に出た。そしてベンチに座っていた男性騎士に声を掛ける。距離がある為、二人の会話までは聞こえない。
(げっ…名前ちゃんまた男に声掛けてるよ…。)
いくらキルゲの命令とはいえ、恐れ知らずに男に声を掛けるなんて肝が据わっている。彼女の美貌からしたら、声を掛けられた方の男は勘違いしてしまうような気がした。
(アイツはギズバッドじゃねぇか…。)
名前と会話しているのはジェローム・ギズバッド。ドリスコールまでとは言わないが、彼もどちらかと言うと人相の悪い巨漢だ。彼はドリスコールとは違って見た目ほどの粗暴さはないが、普段の物静かさとは裏腹に、戦闘時になるととんでもない力を発揮する。
名前は穏やかな表情を浮かべ、立ち上がったキズバッドと二人で中庭を歩き出した。
(あれ…なんか雰囲気良くない…?)
ギズバッドも目尻を下げて名前を見つめている。ナックルヴァールは冷や汗を流しながら二人の様子を見つめた。
(ちょっと、ちょっと…まさかそんな事ってある?)
気持ち、二人の距離は近いように感じる。ナックルヴァールが知らないだけで、気心知れた仲なのかもしれない。傍から見た二人の姿は美女と野獣。バラが咲いている庭園で、今にも二人は踊り出すのではないかと思った。
(嘘だろォ…!?まさか、ギズバッドが恋敵なんて…。)
二人はバラの茂みに入って行った。腰丈程の高さなので二人の姿は見えるが、ナックルヴァールは気が気でなかった。
(こうしちゃいられない…話し掛けてみるか…。)
我慢出来なくなったナックルヴァールは冷静さを失わないように、余裕ある足取りで二人に近付いた。ギズバッドはバラを指差しながら名前と会話していた。
「やぁお二人さん、何してるんだい?」
「ナックルヴァール…。」
「ナックルヴァール様、御機嫌よう。」
名前は立ち上がり、ナックルヴァールにお辞儀した。
「名前ちゃん、ご機嫌よう。」
誰に対しても礼儀正しく挨拶する彼女に惚れ惚れする。一言だけ言葉を発したギズバッドは、剪定鋏でバラの枝を切り落とした。彼は口下手で多くを語る男ではない為、替わりに名前が答えた。
「バラの剪定をしています。ギズバッド様は植物を育てるプロフェッショナルな方ですので、その知識をご教授頂いている所でした。」
「へぇ…ギズバッド、そんな趣味があったのか…。」
何と言うか、見た目のわりに可愛らしい趣味だと思った。ギズバッドは慣れた手つきで余分なバラの枝を切り落としていく。
「ギズバッド様のお陰で、沢山の花が咲くようになったんです。バラは手を掛けないと綺麗に咲きません。園庭が綺麗になった事で、陛下やキルゲ様もこの園庭に足を運んで下さります。」
「この庭…綺麗に手入れされてるなって思ってたけど、ギズバッドのおかげだったんだな。」
「はい!ギズバッド様が育てた野菜も、とても美味しいのですよ。」
「へぇ、そうなんだ…俺も食べてみたいな~!」
黙々と作業しているギズバッドだが、二人の会話を聞いて耳が赤くなっていた。照れているようだ。
(なんだよ、ギズバッドの野郎…俺が話し掛けたら途端に黙り込んだじゃねぇか…さっきは名前ちゃんと喋ってた癖によ…。)
ナックルヴァールは腕を組みながらギズバッドを見つめた。少なからず、彼女とは親しいようでナックルヴァールは面白くなかった。
「ナックルヴァール様…少し屈んで頂けますか?」
「えっ…なになに?」
名前に言われ、少し前かがみになる。彼女の顔が近付いてきて、ナックルヴァールは思わぬ展開に期待した。
(名前ちゃん、大胆な…!目の前にギズバットがいるのよ?)
名前がナックルヴァールを見つめる。
(俺も男だ…彼女の期待に応えるべきだ。)
覚悟を決めたナックルヴァールはキス待ち顔になり、その瞬間を待ちわびた。何故このような状況になったかは分からなかったが、今は下手に喋って雰囲気を崩したくなかった。
名前がナックルヴァールの頭に手を伸ばし、髪に付いていた芋虫を摘む。名前は捕まえた芋虫を掌に乗せて彼に見せた。
「芋虫が付いておりました。」
「うわあぁっ!」
ナックルヴァールは驚きで後ろに後ずさった。どちらかと虫は言うと苦手な方の部類で、極力視界にも入れたくなかった。足場が悪く、よろけたナックルヴァールは背後のバラの茂みに倒れた。
「痛っ…いってぇ!」
「ナックルヴァール様っ!?」
バラの枝は棘があり、勢いよく突っ込んだナックルヴァールの服に無数の棘が突き刺さっている。名前はギズバッドに助けを求めた。
「ギズバッド様、どうしたら宜しいでしょうか?」
バラの枝は棘だらけで迂闊に動けば更に棘が刺さってしまう。ギズバッドは立ち上がり、素手で茨の枝を持ち上げた。彼の手の皮は分厚く、棘が刺さる事はなかった。その間に名前がナックルヴァールの手を掴み、彼を引っ張り出した。
「こんなカッコ悪い姿見せちまうなんて…致命的な気分だ。」
ナックルヴァールの装束はバラの棘が突き刺さっており、痛々しく見えた。名前はナックルヴァールの背後に回り、草木を払ってくれているがバラの棘は簡単には取れそうになかった。
「虫が苦手なのか?」
ギズバッドに言われ、ナックルヴァールは図星だった。
「そうだよ、悪かったな!」
植物を扱う中で、虫とは切っても切れない関係。ナックルヴァールは自分は絶対庭師にはなれないと思った。そう思うと、ギズバッドの姿はとても男らしく見えた。
(名前ちゃん、幻滅しただろうな…。)
ナックルヴァールは泣きたい気分だった。コッソリ二人の様子を伺っていればこんな事にはならなかったのに…。
「っぷ…あははは!」
感傷的な気分になっていたナックルヴァールだったが、名前の笑い声に拍子抜けした。それはギズバッドも同様だったようで、二人はお互いに顔を見合わせた。
「名前ちゃん…?」
名前は口元を押さえて「申し訳ありません」と謝罪したものの、堪えきれずに肩を震わせて笑っている。日頃、ここまで破顔しない彼女の笑顔に、ナックルヴァールとギズバッドも自然と笑みが零れていた。
「そんなに面白かった?」
「はい…申し訳ございません…クスクス。」
「ハハハ…こんなに名前ちゃんが笑ってくれるなんて…俺、嬉しいよ。」
ナックルヴァールは羞恥心を感じたが、それ以上に満面の笑みで笑う彼女の姿が可愛いと思った。ギズバッドも今まで見た事のない表情で笑っている。
(カッコ悪ぃ姿見せちまったけど、二人の笑顔を見る事が出来たのは収穫だったな…。)
ナックルヴァールはとんだ災難だと思ったが、悪い気分ではなかった。
この後も三人は他の草花を鑑賞したり、ギズバッドが手塩に掛けて育てた野菜を収穫したりと穏やかな時間を過ごしたのでした。
【美女と野獣】...end.