見えざる帝国の日常(シリーズ)
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6月6日。
今日は何の日かって~?おいおい、いつもこの日記を読んでるキミなら解ってる筈だろォ?
何を隠そう、この色男…アスキン・ナックルヴァール様の誕生日だ!皆盛大に祝ってくれると俺、滅茶苦茶嬉しいンだけど!去年なんてエス・ノト君からしかお祝いの言葉貰ってないンだよねェ…。誰も他人の誕生日なんて憶えちゃいない。ま…そんなの、興味がなければ当然だけどなァ。
*
期待する気持ち半分で銀架城 内を歩く。今日はリッター会議があるから、ちょっと期待しちゃうよ?
「では探索班による報告から…。」
会議中、メンバーの顔をチラリと眺める。真面目に資料を見ながら話を聞いている者もいれば、寝ているメンバーもいるし、知恵の輪で遊んでる子もいるじゃない…。
う~ん自由!陛下がいない会議と言うものはこうも自由が利くもんなのかねェ。ちょっとハッシュバルト君、ちゃんと見てなさいよ。争い事が起きなければ、基本彼は気にしないみたいだ。まぁ、それが案外居心地悪くなくて、会議に出席できる秘訣なんだけどね。彼が計算してやってるのか、天然なのか知らないけどさ。
そうこうしているうちに会議は終わり、聖章騎士 達は解散していく。
「ナックルヴァール、オ誕生日オメデトう。」
「あぁ、エス・ノト君。ありがとね~!」
「忘レルトヰケナヰカら、先ニ言ッテオクよ。去年ハ僕シカ憶エテ無カッタミタイダカラね。」
「今年もそうなりそうな気がしてきたわ…もしホントにそうなったら、一緒にケーキでも食べてくれる?」
「僕ハソウヰウ類ノ物ハ食ベナヰ。」
「俺が食べてる所を見てるだけで良いからさ!ねっ?」
「哀レダね。」
「そんな事言わないでよ~!悲しくなるじゃん!」
二人で会話していると、ナックルヴァールに近付いてくる人物がいた。エス・ノトは危険を察知してすぐにその場から離れた。
「ナックルヴァール君、お誕生日おめでとうござい〼 。」
(げっ、キルゲ…じゃなくて。)
ナックルヴァールは慌てて取り繕い、彼に笑顔を向けた。
「キルゲさん、俺の誕生日知っててくれたんですか?嬉しいです。」
「勿論ですよ。今夜は君をパーティに招待しようと思っていましてねぇ。」
「えっ!?本当ですか?」
「夕食をご馳走致しましょう。今夜、テラスに来てくれ〼か?正装で頼み〼よ。」
「あ…はい!分かりました。」
「では、また後ほど。」
キルゲの後ろ姿を見送り、ナックルヴァールはガッツポーズを取った。
(よっしゃー!今年の誕生日は勝ったも同然!)
これでエス・ノト君にも自慢できる。俺は鼻歌を交えながら廊下を歩いた。
自室に戻り衣装を用意しないとな…滅却師の正装を指定してくる所が、キルゲの律儀な性格を表している。俺、あの衣装窮屈だから苦手なのよね…と思いつつ「折角パーティに招待してもらったのだから、それぐらい我慢しなきゃ駄目だよね」と自分に言い聞かせる。
「上機嫌だな、ナックルヴァール。」
次に声を掛けてきたのは朗らかな優しい紳士、ロバート・アキュトロン。
「アキュトロン。実はキルゲに誕生日をお祝いしてもらう事になってさ。こんな事初めてだから嬉しいよ。」
「そうか、今日は君の誕生日か…おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「キルゲのパーティは美味しい料理が出てくるからね。それだけは楽しみにしてていいと思うよ。」
"それだけ"…?アキュトロンの言葉に若干違和感を覚えながら「じゃあ、良い一日を」と言い残して別れた。アキュトロンはキルゲと同じく星十字騎士団 の古株メンバーだ。もしかしたらキルゲのパーティの全貌を知っているのかもしれない。尋ねようかと思ったが既に彼の姿は見えず…不安を覚えつつもパーティの準備に取り掛かった。
*
「よし、これで良いでしょ。」
姿見で念入りにチェックするナックルヴァール。前回いつ正装着を着たかなんて、憶えちゃあいないけど。キルゲに不備を指摘されないよう慎重に確認する。胸ポケットには金をあしらえたハンカチーフをのぞかせ、遊び心を加えたヘアセットもバッチリ。普段はしない化粧も施して最後にアクセントの香水を付け、いざ出発!
自室を出ようとすると、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「ナックルヴァール様、お迎えに上がりました。」
「ちょっと待ってね~。」
女性の声が聞こえ「これはもしや…」と期待して再度鏡を確認する。
(イケてるよ俺!よし、バッチリだ!)
ナックルヴァールが部屋の扉を開けるとそこには予想通りの人物…キルゲの娘こと苗字名前が佇んでいた。彼女はバンビエッタと並んで[[rb:星十字騎士団 > シュテルンリッター]]の美女と男達の間で囁かれている。彼女は俺が目を付けているぐらいの美人さんで、今日は特段に美しかった。銀髪で純白のロングスカート姿に目を惹かれる。いつものメイド服ではなく、ワンピースドレスに近い形だ。長い髪はアップスタイルに纏め上げられ、うなじが見える。普段より煌びやかな化粧が施され、美しい彼女の姿にナックルヴァールは気持ちが昂った。
「まさか名前ちゃんがお迎えに来てくれるなんて…なんて幸せな誕生日なんだろう。」
「見違えましたね。それでは参りましょうか。」
「名前ちゃんのドレス姿…すっごく綺麗だよ。」
「フフフ…ありがとうございます。」
あぁ、なんて麗しいのだろう。微笑む彼女の笑顔で胸を打ち抜かれる。こんなに美しい子が仕えてるなんて、キルゲが羨ましいよ。
男達を魅了して止まない高嶺の花を引き連れて歩くだけで、否応なしに背筋がピンと伸びる。あれ、廊下ってこんなにも輝いてたっけ?すれ違う隊員の驚く表情が気持ちがいい。勿論、視線は彼女に釘付けだけど。
中庭のテラス前の扉に到着した。すると「少々此処でお待ち頂けますか?」と名前に言われ待機する。すると内側から扉が開き、拍手と共に会場に案内される。参加者は軽く五十人ほど。予想を上回るパーティの規模にナックルヴァールは圧倒された。
(少し、大袈裟すぎやしないか?)
「今日、誕生日のアスキン・ナックルヴァール君です。盛大な拍手を。」
会場にいるメンバーの顔を見ると、キルゲの親近者や支援者、部下が多かった。しかし、皆が自分に向かって拍手して祝福してくれるのは悪い気分ではない。一段小高い舞台上にいるキルゲに招かれ、ナックルヴァールは正面に向かう。隣には名前ちゃんの姿もある。
「よく来てくれたましたね。ナックルヴァール君、お誕生日おめでとうござい〼。」
「こちらこそ…こんなに盛大に祝って貰えるなんて、恐縮です。」
「では乾杯しましょう。」
名前から酒の入ったシャンパングラスを受け取り、乾杯の音頭が取られる。
(ちょっと怖くなってきたんだけど。俺…この後なんかされるの?)
キルゲや名前ちゃん、周囲にいた人物とグラスを合わせてシャンパンを口にする。会場の盛り上がりに相反してナックルヴァールは疑心暗鬼に囚われる。何もしてないのに良い事が起きる時は、必ず裏があるものだ。アキュトロンの言う通り、酒と料理は何を食べても絶品だった。
次から次へとパーティの参加者に挨拶され、社交辞令を並べる。初めて顔を合わせる者達ばかりだったが、こういうのが得意なナックルヴァールは上手にその場をやり過ごす事が出来た。酒も決して弱い方ではなかった為、冷静さを失う事はなかった。
しかし長らく侍女を務めている名前の目はごまかせなかったようで、強張った表情を浮かべるナックルヴァールに気付いて声を掛けてきた。
「ナックルヴァール様、緊張されていますか?今夜はナックルヴァール様のご生誕パーティと名打っていますが、定期的に行われる社交ダンスパーティの一環です。」
名前の言葉にナックルヴァールは安堵した。
(ビビって損した!アキュトロンの奴、脅しやがって…多分アイツ、ダンスが苦手だな?)
「そうなの?良かった…俺、この後なんかヤバい事でもさせられるのかと思っちゃってさ。」
「フフフ…ご安心ください。ですが、ダンスは踊って頂きますよ?そちらの方は大丈夫ですか?」
「任せといてよ。俺、こう見えてもダンスは習ってたから問題ない。お嬢さん、俺と踊って頂けますか?」
「喜んで御受けさせて頂きます。」
(やったー!名前ちゃんとダンス…最高じゃねぇか!)
ナックルヴァールは名前の腕を取って、踊り始めた。
途端に会場が薄暗くなる。音楽が流れ始め、参加者同士の社交ダンスが始まった。
(あ~なんて幸せな日なんだ。毎年誕生日、お祝いして貰えないかな?)
緊張がほぐれ、一気にアルコールが回ってきた。美人さんと一緒に踊るワルツは格別だ。気分良く踊っていると、キルゲがコチラに視線を送っている事に気が付いた。
(危ねぇ…そういやキルゲがいるんだった…。)
冷静さを取り戻し、ミスしないように名前と息を合わせる。名前はナックルヴァールの表情を見つめる。彼女と視線を合わせていると、吸い込まれそうになった。
(赦されるなら、このまま連れて帰りたいんだけどなァ…。)
一晩だけでもいい。彼女と一緒なら、どんな素敵な夜になるだろうか?女好きな俺だけど、名前ちゃんは格が違う。噂によると一度も異性と交際した事がないらしい。貞操観念が低い星十字騎士団 内では奇跡に近い存在だ。
(そりゃあ、キルゲがいたら簡単には手を出せないもんな…。)
そんな事を考えていると、あっという間に曲が終わってしまった。彼女の手を離すのが名残惜しい。
「名前ちゃんありがとう。楽しかったぜ…また一緒に踊って貰える?」
「勿論ですよナックルヴァール様…ありがとうございました。」
名前は丁寧にお辞儀をして、次に声を掛けてきた参加者と踊り出した。
夢のような時間はあっという間に流れ過ぎていく。バースデーケーキを楽しんでいると、席を外していたキルゲと名前が戻ってきた。
「では、最後の演目に移り〼。」
二人は形式に則ったバレエ衣装に身を包み、舞台上で男女のペアダンス、パ・ド・ドゥが始まった。二人の優雅なダンスは参加者達を魅了した。
「美しく、お麗しい。」
「流石、親子だ。」
先程の社交ダンスとは違い体の柔軟性を問われるバレエだが、息の合った完璧な二人のダンスを見て感嘆の声がチラホラ聞こえてくる。ナックルヴァールも正にその通りだ…と思った。
(名前ちゃん…いい表情だな。)
ナックルヴァールが今まで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべ、キルゲを見つめている。その視線が色っぽく、本当に愛している者に対しての表情なのだと気付いた。
(キルゲしか見えていないんだろうなぁ。)
名前は参加者の誰一人とも視線を合わせておらず、キルゲしか見ていない。それを見てナックルヴァールは彼女の噂が本物であることに気付かされた。
(そりゃあ異性と交際した事ないって言われるわ…名前ちゃん、キルゲにゾッコンだもん…。)
二人の間に入る余地などない。もしかしたらこの社交ダンスパーティは二人の愛を見せつける為に行われているのかもしれないな…とナックルヴァールは思った。
(主役は俺じゃなくて、あの二人なんだ。)
だが、決して悪い気はしなかった。美味しい酒と料理をご馳走になって踊り、こうして二人の新たな一面を垣間見る事が出来たのだから。
パーティが終わり、ナックルヴァールはいつもの衣装に着替えたキルゲと会話していた。
「キルゲさん、こんなに楽しく踊れたのは久しぶりです。お陰で最高の誕生日になりました。ありがとうございます。」
「それは良かったです。ナックルヴァール君、この後、予定はあり〼か?」
「いえ…特にはありませんが。」
「では、私の私室に来てくれ〼か?」
「は…はい。」
(えっ…今度は何?なんか嫌な予感…。)
ここまで至れり尽くせりのナックルヴァールは断ることも出来ず、キルゲに言うまま付いて行く事になった。
*
高級な家具が並ぶキルゲ・オピーの私室。流石貴族だ…この部屋だけで一体いくらするのよ…と思いながらアンティークのソファに腰掛けた。
「楽にして下さい。」
この部屋の主の許可が下りたものの、いつもの様に横になる事は出来ない。首元が苦しいので、襟を鎖骨の辺りまで開くだけに留めた。ソファ前のテーブル上には硝子で出来たチェス盤が置かれている。もしかして、今からこれをやるのか…?とナックルヴァールは思った。
「チェス…ですか?」
「その通り。ナックルヴァール君もチェスをした事はあるでしょう?」
「もう随分前昔にやったっきりですけどねェ…。」
そこにメイド服に着替えた名前が現れ、ワゴンを引いてきた。
「失礼致します。」
ワゴンの上にはウイスキーやワイン…数種類の酒が並べられていた。ボトルの銘柄を見るとどれも高級なものだ。
「ナックルヴァール君は何を飲まれ〼か?」
「俺はワインで。」
「ふっ…そうか。」
キルゲは意味深に呟き、彼自身はウイスキーをロックで飲み始めた。
(マジか…。)
先程のパーティで飲酒しているとは言え、いきなりウイスキーから始めるとは…気分が宜しいようだ。名前からワイングラスを受け取り、口にする。うん、渋くて深みのある味わい。醸造期間の長い高級ワインだ。ナックルヴァールは下手に酔わないようワインを選んだが、これは飲み易いとは言えない風味で安心した。これからチェスを始めると言うのに、酔っぱらっていては話にならないからだ。
腹の探り合いが始まる。何故ナックルヴァールはキルゲに呼び出されたのか、その意図と真意を探らなければならなかった。
「どうして俺をこの部屋に…?」
「君は賢いと思ったんですよ。私の趣味 に付き合って頂けるぐらいにはねぇ…。」
躱された。当たり前だが、まだ酔っぱらってはいないようだ。
キルゲは陛下直属の部下。神赦親衛隊 ではないが、他の聖章騎士 には知りえない情報を陛下から受け取っている事がある。近付いておいて損はない。
チェスは白と黒ではなく、擦りガラスの淡い白と透明の二色。ナックルヴァール側は透明の駒だった。ルール上白が先手となる為、キルゲから駒を動かす。彼がどのような戦法を取るのか、先ずは普通の動きで様子見する事にした。
「俺、そんな褒められるような活躍はしてないですよ。他の星十字騎士団の方が、よっぽど頑張ってる。」
「本気でそう思っているのですか?ここは世間話をする場所ではないのですけどねぇ…。」
ナックルヴァールはチラリと名前を見た。するとキルゲはそれに気付いた。
「名前…下がりなさい。」
「はい、キルゲ様。」
張り詰める空気の中、唯一の癒しである彼女が退室した。尋問されるのではないかと思う程の緊張感が室内を支配する。硝子の駒を動かす音と氷がグラスを鳴らす音だけが響く。
「貴方はどれ程陛下の事を理解しており〼か?」
「どれ程って…。」
キルゲの質問にどう答えるべきか。返答次第によっては陛下に報告される。いや、報告されても支障のない返答をするべきだ。
しかし、キルゲは下手な誤魔化しが効かない上につまらない事を言えば斬り捨てられそうだ。彼が酒を用意したのは、万が一口を滑らせたとしても、それを免罪符として受け取る為。ならば、多少の失言は目を瞑ってくれるだろう。ナックルヴァールはワインを一気に煽った。
「俺たちはこのチェスの駒と同じ。序盤は数が多い方がいい。普通は強い駒を残して、弱い駒を取らせたがる。だが、勝負時に駒の強さは関係ないのさ。この時の選択を誤ってはいけない。弱い駒だって、場所によっては有能な駒になるからな。」
ナックルヴァールは初期位置のポーンでニマス進み、キルゲのルークを取った。
「強くても、真正面から突っ込めば敵にやられる。弱くても一瞬の隙を見逃さなければ敵を倒せる。つまり、序盤で大事なのは陣地争いなのさ。いかに良い場所に付けるかどうか。」
キルゲはワゴンに並べられている瓶を手に取り「ワインで宜しいですか?」と尋ねた。
「ありがとう。」
グラスをキルゲに渡し、ワインを注いでもらう。駒が減り、終盤に差し掛かる。ナックルヴァールはグラスを受け取り、一口啜った。
「駒の数が減った終盤にかけてがミソだ。一瞬の油断も命取り…いかに先手を予測して対応できるか…陛下は全ての可能性を見逃すことなく、正しく選択出来るだろうか?」
キルゲは口元を引き上げた。
「不利益な可能性を先に潰すのが我々、聖章騎士 の役目です。貴方は体ではなく、頭脳で陛下のお役に立つ事になるでしょう。その為に、今まで以上に注意深く観察しなさい。今の私の口から言える事はこれだけです。」
キルゲはクイーンでナックルヴァールのキングを取った。
「ワザと負けましたね…ご機嫌取りのつもりですか?」
「まぁ…最初は様子見ですからね。」
「ではすぐ二戦目と参りましょう。」
*
コンコンコン
二時間が経過した頃、扉をノックする音が聞こえた。
「入りなさい。」
「失礼致します。」
名前が扉を開けた。
「キルゲ様、就寝のご挨拶に伺いました。」
「名前、此方へ来なさい。」
「はい。」
キルゲに呼ばれた名前はネグリジェ姿だった。ナックルヴァールは彼女の姿を直視しないように目を伏せた。ナックルヴァールはだいぶ酔いが回っていた。下手に直視すればボロが出てしまう。キルゲもかなり酔っているから気付かないとは思うが、念の為だ。
「盤面を御覧なさい。」
「……っ!」
名前はキルゲの酔い方、そしてチェス盤を見て察した。
「随分と、愉しまれたご様子ですね。」
「あぁ、彼とのチェスは愉しかった。」
「ナックルヴァール様。」
名を呼ばれ、ナックルヴァールは名前に視線を向ける。天使のような美しい姿に思わず魅入ってしまう。
「キルゲ様のお相手になって頂き、ありがとうございました。」
「俺もいい誕生日になりました。お二人共、ありがとうございます。」
微笑む名前が綺麗過ぎて、欲が出てくる前にナックルヴァールは視線を逸らした。
「キルゲ様…少々飲み過ぎです。」
「私としたことが、こんな醜態を晒してしまうとは一生の不覚。ナックルヴァール君、気を悪くしないで頂きたい。」
「いや…醜態とは思ってないよ、気にしないで。」
「そうか…申し訳ないのだが、私はここで失礼させて貰うよ。」
キルゲは名前に支えられ、立ち上がった。
「ナックルヴァール様、少々お待ち頂いても宜しいですか?どうぞ、横になって下さい。」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ…。」
招かれている側なので本来ならばキルゲの姿が見えなくなるまで見送らなければならなかったが、長時間の慣れない衣装と緊張、飲酒のせいで疲弊していた。
(あ~疲れた。やっぱキルゲと二人っきりはキツイわ…。)
しかし、上手に媚を売る事が出来たと思う。手ごたえはあった。それが今日一番の大きな収穫だった。
「ナックルヴァール様。」
「あれ…名前ちゃん、いつの間に?」
キルゲを寝室まで運び入れ、戻ってきていた事に気付かなかった。
「起き上がれますか?」
体を支えられながら、ナックルヴァールはソファに座る。
(ヤバい…抑えろ、俺!)
入浴後の甘美な香水のような香りが男の欲を煽らせる。本当はもっとゆっくり彼女の顔を見たいし触れたいが、それも出来ない程にナックルヴァールは酩酊状態だった。チェスが盛り上がり、途中で気分が良くなって飲み過ぎてしまった。こんな近くに名前ちゃんが居て、誰も見ていない状況…チャンス以外の何物でもないのに。
「酔い覚ましとお水です。」
「あぁ…ありがと。」
ナックルヴァールは薬を口に放り込み、ごくごくと水を飲み干した。
「あのさ…お手洗い借りてもいい?」
「はい、ご案内致します。」
どうにか自力で立とうとしたものの、ソファの背もたれを掴んだかと思いきや滑ってこける。
「手を。」
差し出された名前の手で体を引っ張り上げて貰う。高嶺の花である彼女を前に、酔ってまともに歩けなくなるなんて情けなくて泣きたかった。
「ご、ゴメン…カッコ悪い姿見せちまって…致命的だ。恥ずかしい限りだぜ。」
「いえ…キルゲ様のご趣味に付き合って頂いたが為にこの様な状況になっているのですから、気になさらないで下さい。此方こそ申し訳ございません。」
彼女の肩に腕を回しながら、ゆっくり歩く。廊下を出てから一人で歩き、ナックルヴァールは壁を伝いながらトイレに入って用を済ませた。
「はぁ〜〜〜。」
特大の溜め息が零れる。完全に二日酔いのパターンだ。頭痛がする。廊下でしゃがみ込んでいると名前が心配そうに顔を覗かせた。その表情がホントに綺麗。キスしたくなった。
「大丈夫ですか…?少し眠っていかれます?」
「出来たらそうしたいかも…自分の部屋まで歩けないわ。」
「かしこまりました。」
名前は別の部屋を開け、電気を点けた。来客用の部屋まであるようだ。
「此方へ。」
ナックルヴァールは壁を伝いながら立ち上がった。来客用の部屋は上質な布地をあしらえた絨毯やベッドが使われており「流石だぜ…」と思った。ベッドに座り、ボタンを外して暑苦しいジャケットを脱ぎ捨てようとすると彼女が受け取ってくれた。
「お手伝い致します。」
まるで自分に侍女が付いたみたいだ…と思っていると彼女が返答した。
「ナックルヴァール様は給仕を付けておられないのですか?」
「えっ…今の声に出てた?」
「クスクス…しっかりして下さい。先ほどから全て言葉に出ていますよ。」
「恥ずかしっ…名前ちゃん、キルゲには黙っててよ?ってか、どっから言葉に出てた?」
「コホン…私の"表情が綺麗、キスしたい"からです。」
「えぇ~~!ちょっと待って、それ嘘だから!いや、嘘じゃないんだけど…とにかく、酔った勢いってヤツだ。忘れてくれ~~~!!!」
穴があったら入りたい。恥ずかしくてまともに彼女の顔が見られない。
「ナックルヴァール様は面白い方ですね。」
「ありがと…嬉しいよ。」
革靴を脱いでベッドに横になると、ひんやりしたシーツの感触が心地よく、今度こそ動けなくなった。
「どうぞ、ごゆっくりしていって下さい。この部屋にはシャワーも付いておりますから、何時でもお使いください。此方にバスタオルとバスローブもご用意しておりますので。」
「ありがとう…大好き名前ちゃん。」
「声に出ておりますよ。」
「ここまで来たら、何でも良くなってきた…今だけ許してっ!」
「フフフ…では、私はこれで失礼致しますね。」
「もう此処で暮らしたいぐらいだよ…何から何までありがとう。」
「キルゲ様の大事なお客様ですから、当然の事です。おやすみなさいませ…ナックルヴァール様。」
「おやすみ~。」
ナックルヴァールは手を振りながら名前の姿を見送った。
暫くしてから立ち上がり、シャツとスラックスを脱いで皺にならないように掛けた。酔い覚ましが効いてきたのか、少し動ける気がする。今の内に靴下と下着を脱ぎ、急いでシャワーに向かう。全身スッキリしたナックルヴァールは濡れた体をタオルで拭き、バスローブを着てそのままベッドにダイブした。髪は濡れたままだったが、乾かす余力は残っていなかった。枕を抱きかかえ、今度こそナックルヴァールは眠りに就いた。
*
名前とナックルヴァールの二人が就寝した事を確認し、キルゲ・オピーは各部屋に繋がっている盗聴器の内線を切った。先程二人の会話を盗み聞き、ナックルヴァールが名前に下心を抱いてるかの有無を確認できた。名前を狙う男達は山のようにいる。大事な娘に手を出す輩には制裁を与えていた。
派手ではないが、ナックルヴァールが女遊びをしている事は部下の報告から耳にしていた。二人の会話を聞き、彼が名前に好意を寄せているのは間違いないだろう。しかし、包み隠さず彼女に想いを伝えている事から、下手な動きはしないと予測した。もしかしたらこれは演技かもしれない…彼の立ち振る舞いは貴族の社交辞令と遜色ないからだ。
キルゲは陛下から若い聖章騎士 の育成を命じられていた。近頃の新入りは馬鹿共が多く、滅却師としての品位が下がっているように感じていた。会議や鍛錬、その他任務などで様子を見ていたが、その中でも若手に入るナックルヴァールが慎重で思慮深い男だという事をキルゲは見抜いていた。
そこで今回彼を招き入れ、探りを入れたのだ。パーティでは社交的で誰とでも会話できる対応力、そしてチェスではキルゲの戦法を見抜き、様々な動きで相手を翻弄させる事から、彼は策士である事が判明した。会話でもキルゲの本心を見抜こうとしている姿勢に気付き、一筋縄ではいかない男だと思った。彼は今後、陛下の側近になり得る資格を有している。潰してしまう訳にはいかなかった。
キルゲはランプの灯りを消し、眼鏡を外して就寝した。
(ナックルヴァール君…君が我が娘に相応しい男であるかどうか、私が判断致しましょう。下手な動きをすれば容赦なく切り捨てます…覚悟しなさい。)
*
ナックルヴァールはコンコンコンと部屋の扉を叩く音で目覚めた。
「ふぁあぁ〜…此処は…そういや、キルゲの部屋だったな。」
「ナックルヴァール様、お目覚めですか?」
扉の外から名前の声が聞こえる。モーニングコールに来てくれたようだ。
「今、目が覚めたよ。」
「入っても宜しいですか?」
「あぁ。」
ナックルヴァールは起き上がり、開いた胸元を締めた。名前はキッチリとしたメイド服姿で、ナックルヴァールの前に姿を見せた。朝一番から綺麗な彼女の姿を見ることが出来て嬉しかった。
「おはようございます。ご体調はいかがですか?」
「おかげさまで二日酔いにならずに済んだよ…ありがとう。キルゲは起きてる?」
名前は昨夜ナックルヴァールが適当に掛けておいた衣類を集め、クローゼットを開いて丁寧にハンガーに掛けた。
「キルゲ様は朝、ごゆっくりされる方なのでまだ起床しておりません。朝食の準備が出来ておりますので、お着替え出来ましたらテラスへお越しください。」
「嬉しいンだけど、ちょっと食べられないかも…でも折角だし、コーヒーだけ頂こうかな。」
「かしこまりました。」
なんて素晴らしいおもてなしなんだ…ナックルヴァールが感動していると洗面所に案内された。
「此方にヘアセットに必要な道具は揃っております。ご自由にお使いください。」
ナックルヴァールは鏡に映った自分を見て恥ずかしく思った。髪を乾かさずに寝たものだから、寝癖でグッシャグシャだった。
「では、お待ちしておりますね。」
ナックルヴァールは部屋から出て行こうとする名前を呼び止めた。
「なぁ、名前ちゃん。」
「はい。」
「俺、変な事口走ってなかった?昨夜の事、あんまり憶えてないンだけど。」
鎌を掛けてみた。勿論ナックルヴァールは憶えている。名前ちゃんはなんて返答するだろう?「好きだ」とか、「キスしたい」なんて言われたのだから恥ずかしがるだろうか?こういう事、あんまりしない方がいいんだけどな…と思ったが好奇心には抗えなかった。
「ご安心下さい、失言はありませんでした。ナックルヴァール様は社交辞令がお上手な方だとお見受け致しました。」
名前はナックルヴァールに微笑んだ。その表情に動揺の色は微塵も出ていなかった。感情が読めない…流石だと思った。
「そっかァ…良かった〜。じゃあ、ササッと身支度して行くね。」
「はい、失礼致します。」
名前が部屋から退室し、ナックルヴァールは洗面所へ使った。
(キルゲの奴、よく教育してるな〜…彼女を落とすの、並大抵じゃないぞ…。)
彼女がキルゲに親以上の感情を抱いているのは昨日のバレエを見て思った。しかし、キルゲ自体が彼女に対して異性としての視線を向けていない事にも気が付いていた。キルゲの彼女に対しての愛情は十分に伝わってくる。それは異性に向ける愛ではなく、あくまで身内に対する愛…ナックルヴァールは彼女の心を落とすチャンスがあると確信した。
今まで一晩だけの恋や本気の恋愛、様々な女の心をモノにしてきたナックルヴァール。これは難しいゲームを攻略しようとする感覚に似ている。
女好きナックルヴァールは、星十字騎士団 の高嶺の花に狙いを定め、様々な策を巡らせる事を決断した。
(見てろよキルゲ…必ずモノにして見せる…!)
二人の聖章騎士 による頭脳戦。
双方の思惑通りになるかどうかは、陛下ですら予知できないのであった。
...end.
今日は何の日かって~?おいおい、いつもこの日記を読んでるキミなら解ってる筈だろォ?
何を隠そう、この色男…アスキン・ナックルヴァール様の誕生日だ!皆盛大に祝ってくれると俺、滅茶苦茶嬉しいンだけど!去年なんてエス・ノト君からしかお祝いの言葉貰ってないンだよねェ…。誰も他人の誕生日なんて憶えちゃいない。ま…そんなの、興味がなければ当然だけどなァ。
*
期待する気持ち半分で
「では探索班による報告から…。」
会議中、メンバーの顔をチラリと眺める。真面目に資料を見ながら話を聞いている者もいれば、寝ているメンバーもいるし、知恵の輪で遊んでる子もいるじゃない…。
う~ん自由!陛下がいない会議と言うものはこうも自由が利くもんなのかねェ。ちょっとハッシュバルト君、ちゃんと見てなさいよ。争い事が起きなければ、基本彼は気にしないみたいだ。まぁ、それが案外居心地悪くなくて、会議に出席できる秘訣なんだけどね。彼が計算してやってるのか、天然なのか知らないけどさ。
そうこうしているうちに会議は終わり、
「ナックルヴァール、オ誕生日オメデトう。」
「あぁ、エス・ノト君。ありがとね~!」
「忘レルトヰケナヰカら、先ニ言ッテオクよ。去年ハ僕シカ憶エテ無カッタミタイダカラね。」
「今年もそうなりそうな気がしてきたわ…もしホントにそうなったら、一緒にケーキでも食べてくれる?」
「僕ハソウヰウ類ノ物ハ食ベナヰ。」
「俺が食べてる所を見てるだけで良いからさ!ねっ?」
「哀レダね。」
「そんな事言わないでよ~!悲しくなるじゃん!」
二人で会話していると、ナックルヴァールに近付いてくる人物がいた。エス・ノトは危険を察知してすぐにその場から離れた。
「ナックルヴァール君、お誕生日おめでとうござい
(げっ、キルゲ…じゃなくて。)
ナックルヴァールは慌てて取り繕い、彼に笑顔を向けた。
「キルゲさん、俺の誕生日知っててくれたんですか?嬉しいです。」
「勿論ですよ。今夜は君をパーティに招待しようと思っていましてねぇ。」
「えっ!?本当ですか?」
「夕食をご馳走致しましょう。今夜、テラスに来てくれ〼か?正装で頼み〼よ。」
「あ…はい!分かりました。」
「では、また後ほど。」
キルゲの後ろ姿を見送り、ナックルヴァールはガッツポーズを取った。
(よっしゃー!今年の誕生日は勝ったも同然!)
これでエス・ノト君にも自慢できる。俺は鼻歌を交えながら廊下を歩いた。
自室に戻り衣装を用意しないとな…滅却師の正装を指定してくる所が、キルゲの律儀な性格を表している。俺、あの衣装窮屈だから苦手なのよね…と思いつつ「折角パーティに招待してもらったのだから、それぐらい我慢しなきゃ駄目だよね」と自分に言い聞かせる。
「上機嫌だな、ナックルヴァール。」
次に声を掛けてきたのは朗らかな優しい紳士、ロバート・アキュトロン。
「アキュトロン。実はキルゲに誕生日をお祝いしてもらう事になってさ。こんな事初めてだから嬉しいよ。」
「そうか、今日は君の誕生日か…おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「キルゲのパーティは美味しい料理が出てくるからね。それだけは楽しみにしてていいと思うよ。」
"それだけ"…?アキュトロンの言葉に若干違和感を覚えながら「じゃあ、良い一日を」と言い残して別れた。アキュトロンはキルゲと同じく
*
「よし、これで良いでしょ。」
姿見で念入りにチェックするナックルヴァール。前回いつ正装着を着たかなんて、憶えちゃあいないけど。キルゲに不備を指摘されないよう慎重に確認する。胸ポケットには金をあしらえたハンカチーフをのぞかせ、遊び心を加えたヘアセットもバッチリ。普段はしない化粧も施して最後にアクセントの香水を付け、いざ出発!
自室を出ようとすると、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「ナックルヴァール様、お迎えに上がりました。」
「ちょっと待ってね~。」
女性の声が聞こえ「これはもしや…」と期待して再度鏡を確認する。
(イケてるよ俺!よし、バッチリだ!)
ナックルヴァールが部屋の扉を開けるとそこには予想通りの人物…キルゲの娘こと苗字名前が佇んでいた。彼女はバンビエッタと並んで[[rb:星十字騎士団 > シュテルンリッター]]の美女と男達の間で囁かれている。彼女は俺が目を付けているぐらいの美人さんで、今日は特段に美しかった。銀髪で純白のロングスカート姿に目を惹かれる。いつものメイド服ではなく、ワンピースドレスに近い形だ。長い髪はアップスタイルに纏め上げられ、うなじが見える。普段より煌びやかな化粧が施され、美しい彼女の姿にナックルヴァールは気持ちが昂った。
「まさか名前ちゃんがお迎えに来てくれるなんて…なんて幸せな誕生日なんだろう。」
「見違えましたね。それでは参りましょうか。」
「名前ちゃんのドレス姿…すっごく綺麗だよ。」
「フフフ…ありがとうございます。」
あぁ、なんて麗しいのだろう。微笑む彼女の笑顔で胸を打ち抜かれる。こんなに美しい子が仕えてるなんて、キルゲが羨ましいよ。
男達を魅了して止まない高嶺の花を引き連れて歩くだけで、否応なしに背筋がピンと伸びる。あれ、廊下ってこんなにも輝いてたっけ?すれ違う隊員の驚く表情が気持ちがいい。勿論、視線は彼女に釘付けだけど。
中庭のテラス前の扉に到着した。すると「少々此処でお待ち頂けますか?」と名前に言われ待機する。すると内側から扉が開き、拍手と共に会場に案内される。参加者は軽く五十人ほど。予想を上回るパーティの規模にナックルヴァールは圧倒された。
(少し、大袈裟すぎやしないか?)
「今日、誕生日のアスキン・ナックルヴァール君です。盛大な拍手を。」
会場にいるメンバーの顔を見ると、キルゲの親近者や支援者、部下が多かった。しかし、皆が自分に向かって拍手して祝福してくれるのは悪い気分ではない。一段小高い舞台上にいるキルゲに招かれ、ナックルヴァールは正面に向かう。隣には名前ちゃんの姿もある。
「よく来てくれたましたね。ナックルヴァール君、お誕生日おめでとうござい〼。」
「こちらこそ…こんなに盛大に祝って貰えるなんて、恐縮です。」
「では乾杯しましょう。」
名前から酒の入ったシャンパングラスを受け取り、乾杯の音頭が取られる。
(ちょっと怖くなってきたんだけど。俺…この後なんかされるの?)
キルゲや名前ちゃん、周囲にいた人物とグラスを合わせてシャンパンを口にする。会場の盛り上がりに相反してナックルヴァールは疑心暗鬼に囚われる。何もしてないのに良い事が起きる時は、必ず裏があるものだ。アキュトロンの言う通り、酒と料理は何を食べても絶品だった。
次から次へとパーティの参加者に挨拶され、社交辞令を並べる。初めて顔を合わせる者達ばかりだったが、こういうのが得意なナックルヴァールは上手にその場をやり過ごす事が出来た。酒も決して弱い方ではなかった為、冷静さを失う事はなかった。
しかし長らく侍女を務めている名前の目はごまかせなかったようで、強張った表情を浮かべるナックルヴァールに気付いて声を掛けてきた。
「ナックルヴァール様、緊張されていますか?今夜はナックルヴァール様のご生誕パーティと名打っていますが、定期的に行われる社交ダンスパーティの一環です。」
名前の言葉にナックルヴァールは安堵した。
(ビビって損した!アキュトロンの奴、脅しやがって…多分アイツ、ダンスが苦手だな?)
「そうなの?良かった…俺、この後なんかヤバい事でもさせられるのかと思っちゃってさ。」
「フフフ…ご安心ください。ですが、ダンスは踊って頂きますよ?そちらの方は大丈夫ですか?」
「任せといてよ。俺、こう見えてもダンスは習ってたから問題ない。お嬢さん、俺と踊って頂けますか?」
「喜んで御受けさせて頂きます。」
(やったー!名前ちゃんとダンス…最高じゃねぇか!)
ナックルヴァールは名前の腕を取って、踊り始めた。
途端に会場が薄暗くなる。音楽が流れ始め、参加者同士の社交ダンスが始まった。
(あ~なんて幸せな日なんだ。毎年誕生日、お祝いして貰えないかな?)
緊張がほぐれ、一気にアルコールが回ってきた。美人さんと一緒に踊るワルツは格別だ。気分良く踊っていると、キルゲがコチラに視線を送っている事に気が付いた。
(危ねぇ…そういやキルゲがいるんだった…。)
冷静さを取り戻し、ミスしないように名前と息を合わせる。名前はナックルヴァールの表情を見つめる。彼女と視線を合わせていると、吸い込まれそうになった。
(赦されるなら、このまま連れて帰りたいんだけどなァ…。)
一晩だけでもいい。彼女と一緒なら、どんな素敵な夜になるだろうか?女好きな俺だけど、名前ちゃんは格が違う。噂によると一度も異性と交際した事がないらしい。貞操観念が低い
(そりゃあ、キルゲがいたら簡単には手を出せないもんな…。)
そんな事を考えていると、あっという間に曲が終わってしまった。彼女の手を離すのが名残惜しい。
「名前ちゃんありがとう。楽しかったぜ…また一緒に踊って貰える?」
「勿論ですよナックルヴァール様…ありがとうございました。」
名前は丁寧にお辞儀をして、次に声を掛けてきた参加者と踊り出した。
夢のような時間はあっという間に流れ過ぎていく。バースデーケーキを楽しんでいると、席を外していたキルゲと名前が戻ってきた。
「では、最後の演目に移り〼。」
二人は形式に則ったバレエ衣装に身を包み、舞台上で男女のペアダンス、パ・ド・ドゥが始まった。二人の優雅なダンスは参加者達を魅了した。
「美しく、お麗しい。」
「流石、親子だ。」
先程の社交ダンスとは違い体の柔軟性を問われるバレエだが、息の合った完璧な二人のダンスを見て感嘆の声がチラホラ聞こえてくる。ナックルヴァールも正にその通りだ…と思った。
(名前ちゃん…いい表情だな。)
ナックルヴァールが今まで見てきた中で一番幸せそうな表情を浮かべ、キルゲを見つめている。その視線が色っぽく、本当に愛している者に対しての表情なのだと気付いた。
(キルゲしか見えていないんだろうなぁ。)
名前は参加者の誰一人とも視線を合わせておらず、キルゲしか見ていない。それを見てナックルヴァールは彼女の噂が本物であることに気付かされた。
(そりゃあ異性と交際した事ないって言われるわ…名前ちゃん、キルゲにゾッコンだもん…。)
二人の間に入る余地などない。もしかしたらこの社交ダンスパーティは二人の愛を見せつける為に行われているのかもしれないな…とナックルヴァールは思った。
(主役は俺じゃなくて、あの二人なんだ。)
だが、決して悪い気はしなかった。美味しい酒と料理をご馳走になって踊り、こうして二人の新たな一面を垣間見る事が出来たのだから。
パーティが終わり、ナックルヴァールはいつもの衣装に着替えたキルゲと会話していた。
「キルゲさん、こんなに楽しく踊れたのは久しぶりです。お陰で最高の誕生日になりました。ありがとうございます。」
「それは良かったです。ナックルヴァール君、この後、予定はあり〼か?」
「いえ…特にはありませんが。」
「では、私の私室に来てくれ〼か?」
「は…はい。」
(えっ…今度は何?なんか嫌な予感…。)
ここまで至れり尽くせりのナックルヴァールは断ることも出来ず、キルゲに言うまま付いて行く事になった。
*
高級な家具が並ぶキルゲ・オピーの私室。流石貴族だ…この部屋だけで一体いくらするのよ…と思いながらアンティークのソファに腰掛けた。
「楽にして下さい。」
この部屋の主の許可が下りたものの、いつもの様に横になる事は出来ない。首元が苦しいので、襟を鎖骨の辺りまで開くだけに留めた。ソファ前のテーブル上には硝子で出来たチェス盤が置かれている。もしかして、今からこれをやるのか…?とナックルヴァールは思った。
「チェス…ですか?」
「その通り。ナックルヴァール君もチェスをした事はあるでしょう?」
「もう随分前昔にやったっきりですけどねェ…。」
そこにメイド服に着替えた名前が現れ、ワゴンを引いてきた。
「失礼致します。」
ワゴンの上にはウイスキーやワイン…数種類の酒が並べられていた。ボトルの銘柄を見るとどれも高級なものだ。
「ナックルヴァール君は何を飲まれ〼か?」
「俺はワインで。」
「ふっ…そうか。」
キルゲは意味深に呟き、彼自身はウイスキーをロックで飲み始めた。
(マジか…。)
先程のパーティで飲酒しているとは言え、いきなりウイスキーから始めるとは…気分が宜しいようだ。名前からワイングラスを受け取り、口にする。うん、渋くて深みのある味わい。醸造期間の長い高級ワインだ。ナックルヴァールは下手に酔わないようワインを選んだが、これは飲み易いとは言えない風味で安心した。これからチェスを始めると言うのに、酔っぱらっていては話にならないからだ。
腹の探り合いが始まる。何故ナックルヴァールはキルゲに呼び出されたのか、その意図と真意を探らなければならなかった。
「どうして俺をこの部屋に…?」
「君は賢いと思ったんですよ。
躱された。当たり前だが、まだ酔っぱらってはいないようだ。
キルゲは陛下直属の部下。
チェスは白と黒ではなく、擦りガラスの淡い白と透明の二色。ナックルヴァール側は透明の駒だった。ルール上白が先手となる為、キルゲから駒を動かす。彼がどのような戦法を取るのか、先ずは普通の動きで様子見する事にした。
「俺、そんな褒められるような活躍はしてないですよ。他の星十字騎士団の方が、よっぽど頑張ってる。」
「本気でそう思っているのですか?ここは世間話をする場所ではないのですけどねぇ…。」
ナックルヴァールはチラリと名前を見た。するとキルゲはそれに気付いた。
「名前…下がりなさい。」
「はい、キルゲ様。」
張り詰める空気の中、唯一の癒しである彼女が退室した。尋問されるのではないかと思う程の緊張感が室内を支配する。硝子の駒を動かす音と氷がグラスを鳴らす音だけが響く。
「貴方はどれ程陛下の事を理解しており〼か?」
「どれ程って…。」
キルゲの質問にどう答えるべきか。返答次第によっては陛下に報告される。いや、報告されても支障のない返答をするべきだ。
しかし、キルゲは下手な誤魔化しが効かない上につまらない事を言えば斬り捨てられそうだ。彼が酒を用意したのは、万が一口を滑らせたとしても、それを免罪符として受け取る為。ならば、多少の失言は目を瞑ってくれるだろう。ナックルヴァールはワインを一気に煽った。
「俺たちはこのチェスの駒と同じ。序盤は数が多い方がいい。普通は強い駒を残して、弱い駒を取らせたがる。だが、勝負時に駒の強さは関係ないのさ。この時の選択を誤ってはいけない。弱い駒だって、場所によっては有能な駒になるからな。」
ナックルヴァールは初期位置のポーンでニマス進み、キルゲのルークを取った。
「強くても、真正面から突っ込めば敵にやられる。弱くても一瞬の隙を見逃さなければ敵を倒せる。つまり、序盤で大事なのは陣地争いなのさ。いかに良い場所に付けるかどうか。」
キルゲはワゴンに並べられている瓶を手に取り「ワインで宜しいですか?」と尋ねた。
「ありがとう。」
グラスをキルゲに渡し、ワインを注いでもらう。駒が減り、終盤に差し掛かる。ナックルヴァールはグラスを受け取り、一口啜った。
「駒の数が減った終盤にかけてがミソだ。一瞬の油断も命取り…いかに先手を予測して対応できるか…陛下は全ての可能性を見逃すことなく、正しく選択出来るだろうか?」
キルゲは口元を引き上げた。
「不利益な可能性を先に潰すのが我々、
キルゲはクイーンでナックルヴァールのキングを取った。
「ワザと負けましたね…ご機嫌取りのつもりですか?」
「まぁ…最初は様子見ですからね。」
「ではすぐ二戦目と参りましょう。」
*
コンコンコン
二時間が経過した頃、扉をノックする音が聞こえた。
「入りなさい。」
「失礼致します。」
名前が扉を開けた。
「キルゲ様、就寝のご挨拶に伺いました。」
「名前、此方へ来なさい。」
「はい。」
キルゲに呼ばれた名前はネグリジェ姿だった。ナックルヴァールは彼女の姿を直視しないように目を伏せた。ナックルヴァールはだいぶ酔いが回っていた。下手に直視すればボロが出てしまう。キルゲもかなり酔っているから気付かないとは思うが、念の為だ。
「盤面を御覧なさい。」
「……っ!」
名前はキルゲの酔い方、そしてチェス盤を見て察した。
「随分と、愉しまれたご様子ですね。」
「あぁ、彼とのチェスは愉しかった。」
「ナックルヴァール様。」
名を呼ばれ、ナックルヴァールは名前に視線を向ける。天使のような美しい姿に思わず魅入ってしまう。
「キルゲ様のお相手になって頂き、ありがとうございました。」
「俺もいい誕生日になりました。お二人共、ありがとうございます。」
微笑む名前が綺麗過ぎて、欲が出てくる前にナックルヴァールは視線を逸らした。
「キルゲ様…少々飲み過ぎです。」
「私としたことが、こんな醜態を晒してしまうとは一生の不覚。ナックルヴァール君、気を悪くしないで頂きたい。」
「いや…醜態とは思ってないよ、気にしないで。」
「そうか…申し訳ないのだが、私はここで失礼させて貰うよ。」
キルゲは名前に支えられ、立ち上がった。
「ナックルヴァール様、少々お待ち頂いても宜しいですか?どうぞ、横になって下さい。」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ…。」
招かれている側なので本来ならばキルゲの姿が見えなくなるまで見送らなければならなかったが、長時間の慣れない衣装と緊張、飲酒のせいで疲弊していた。
(あ~疲れた。やっぱキルゲと二人っきりはキツイわ…。)
しかし、上手に媚を売る事が出来たと思う。手ごたえはあった。それが今日一番の大きな収穫だった。
「ナックルヴァール様。」
「あれ…名前ちゃん、いつの間に?」
キルゲを寝室まで運び入れ、戻ってきていた事に気付かなかった。
「起き上がれますか?」
体を支えられながら、ナックルヴァールはソファに座る。
(ヤバい…抑えろ、俺!)
入浴後の甘美な香水のような香りが男の欲を煽らせる。本当はもっとゆっくり彼女の顔を見たいし触れたいが、それも出来ない程にナックルヴァールは酩酊状態だった。チェスが盛り上がり、途中で気分が良くなって飲み過ぎてしまった。こんな近くに名前ちゃんが居て、誰も見ていない状況…チャンス以外の何物でもないのに。
「酔い覚ましとお水です。」
「あぁ…ありがと。」
ナックルヴァールは薬を口に放り込み、ごくごくと水を飲み干した。
「あのさ…お手洗い借りてもいい?」
「はい、ご案内致します。」
どうにか自力で立とうとしたものの、ソファの背もたれを掴んだかと思いきや滑ってこける。
「手を。」
差し出された名前の手で体を引っ張り上げて貰う。高嶺の花である彼女を前に、酔ってまともに歩けなくなるなんて情けなくて泣きたかった。
「ご、ゴメン…カッコ悪い姿見せちまって…致命的だ。恥ずかしい限りだぜ。」
「いえ…キルゲ様のご趣味に付き合って頂いたが為にこの様な状況になっているのですから、気になさらないで下さい。此方こそ申し訳ございません。」
彼女の肩に腕を回しながら、ゆっくり歩く。廊下を出てから一人で歩き、ナックルヴァールは壁を伝いながらトイレに入って用を済ませた。
「はぁ〜〜〜。」
特大の溜め息が零れる。完全に二日酔いのパターンだ。頭痛がする。廊下でしゃがみ込んでいると名前が心配そうに顔を覗かせた。その表情がホントに綺麗。キスしたくなった。
「大丈夫ですか…?少し眠っていかれます?」
「出来たらそうしたいかも…自分の部屋まで歩けないわ。」
「かしこまりました。」
名前は別の部屋を開け、電気を点けた。来客用の部屋まであるようだ。
「此方へ。」
ナックルヴァールは壁を伝いながら立ち上がった。来客用の部屋は上質な布地をあしらえた絨毯やベッドが使われており「流石だぜ…」と思った。ベッドに座り、ボタンを外して暑苦しいジャケットを脱ぎ捨てようとすると彼女が受け取ってくれた。
「お手伝い致します。」
まるで自分に侍女が付いたみたいだ…と思っていると彼女が返答した。
「ナックルヴァール様は給仕を付けておられないのですか?」
「えっ…今の声に出てた?」
「クスクス…しっかりして下さい。先ほどから全て言葉に出ていますよ。」
「恥ずかしっ…名前ちゃん、キルゲには黙っててよ?ってか、どっから言葉に出てた?」
「コホン…私の"表情が綺麗、キスしたい"からです。」
「えぇ~~!ちょっと待って、それ嘘だから!いや、嘘じゃないんだけど…とにかく、酔った勢いってヤツだ。忘れてくれ~~~!!!」
穴があったら入りたい。恥ずかしくてまともに彼女の顔が見られない。
「ナックルヴァール様は面白い方ですね。」
「ありがと…嬉しいよ。」
革靴を脱いでベッドに横になると、ひんやりしたシーツの感触が心地よく、今度こそ動けなくなった。
「どうぞ、ごゆっくりしていって下さい。この部屋にはシャワーも付いておりますから、何時でもお使いください。此方にバスタオルとバスローブもご用意しておりますので。」
「ありがとう…大好き名前ちゃん。」
「声に出ておりますよ。」
「ここまで来たら、何でも良くなってきた…今だけ許してっ!」
「フフフ…では、私はこれで失礼致しますね。」
「もう此処で暮らしたいぐらいだよ…何から何までありがとう。」
「キルゲ様の大事なお客様ですから、当然の事です。おやすみなさいませ…ナックルヴァール様。」
「おやすみ~。」
ナックルヴァールは手を振りながら名前の姿を見送った。
暫くしてから立ち上がり、シャツとスラックスを脱いで皺にならないように掛けた。酔い覚ましが効いてきたのか、少し動ける気がする。今の内に靴下と下着を脱ぎ、急いでシャワーに向かう。全身スッキリしたナックルヴァールは濡れた体をタオルで拭き、バスローブを着てそのままベッドにダイブした。髪は濡れたままだったが、乾かす余力は残っていなかった。枕を抱きかかえ、今度こそナックルヴァールは眠りに就いた。
*
名前とナックルヴァールの二人が就寝した事を確認し、キルゲ・オピーは各部屋に繋がっている盗聴器の内線を切った。先程二人の会話を盗み聞き、ナックルヴァールが名前に下心を抱いてるかの有無を確認できた。名前を狙う男達は山のようにいる。大事な娘に手を出す輩には制裁を与えていた。
派手ではないが、ナックルヴァールが女遊びをしている事は部下の報告から耳にしていた。二人の会話を聞き、彼が名前に好意を寄せているのは間違いないだろう。しかし、包み隠さず彼女に想いを伝えている事から、下手な動きはしないと予測した。もしかしたらこれは演技かもしれない…彼の立ち振る舞いは貴族の社交辞令と遜色ないからだ。
キルゲは陛下から若い
そこで今回彼を招き入れ、探りを入れたのだ。パーティでは社交的で誰とでも会話できる対応力、そしてチェスではキルゲの戦法を見抜き、様々な動きで相手を翻弄させる事から、彼は策士である事が判明した。会話でもキルゲの本心を見抜こうとしている姿勢に気付き、一筋縄ではいかない男だと思った。彼は今後、陛下の側近になり得る資格を有している。潰してしまう訳にはいかなかった。
キルゲはランプの灯りを消し、眼鏡を外して就寝した。
(ナックルヴァール君…君が我が娘に相応しい男であるかどうか、私が判断致しましょう。下手な動きをすれば容赦なく切り捨てます…覚悟しなさい。)
*
ナックルヴァールはコンコンコンと部屋の扉を叩く音で目覚めた。
「ふぁあぁ〜…此処は…そういや、キルゲの部屋だったな。」
「ナックルヴァール様、お目覚めですか?」
扉の外から名前の声が聞こえる。モーニングコールに来てくれたようだ。
「今、目が覚めたよ。」
「入っても宜しいですか?」
「あぁ。」
ナックルヴァールは起き上がり、開いた胸元を締めた。名前はキッチリとしたメイド服姿で、ナックルヴァールの前に姿を見せた。朝一番から綺麗な彼女の姿を見ることが出来て嬉しかった。
「おはようございます。ご体調はいかがですか?」
「おかげさまで二日酔いにならずに済んだよ…ありがとう。キルゲは起きてる?」
名前は昨夜ナックルヴァールが適当に掛けておいた衣類を集め、クローゼットを開いて丁寧にハンガーに掛けた。
「キルゲ様は朝、ごゆっくりされる方なのでまだ起床しておりません。朝食の準備が出来ておりますので、お着替え出来ましたらテラスへお越しください。」
「嬉しいンだけど、ちょっと食べられないかも…でも折角だし、コーヒーだけ頂こうかな。」
「かしこまりました。」
なんて素晴らしいおもてなしなんだ…ナックルヴァールが感動していると洗面所に案内された。
「此方にヘアセットに必要な道具は揃っております。ご自由にお使いください。」
ナックルヴァールは鏡に映った自分を見て恥ずかしく思った。髪を乾かさずに寝たものだから、寝癖でグッシャグシャだった。
「では、お待ちしておりますね。」
ナックルヴァールは部屋から出て行こうとする名前を呼び止めた。
「なぁ、名前ちゃん。」
「はい。」
「俺、変な事口走ってなかった?昨夜の事、あんまり憶えてないンだけど。」
鎌を掛けてみた。勿論ナックルヴァールは憶えている。名前ちゃんはなんて返答するだろう?「好きだ」とか、「キスしたい」なんて言われたのだから恥ずかしがるだろうか?こういう事、あんまりしない方がいいんだけどな…と思ったが好奇心には抗えなかった。
「ご安心下さい、失言はありませんでした。ナックルヴァール様は社交辞令がお上手な方だとお見受け致しました。」
名前はナックルヴァールに微笑んだ。その表情に動揺の色は微塵も出ていなかった。感情が読めない…流石だと思った。
「そっかァ…良かった〜。じゃあ、ササッと身支度して行くね。」
「はい、失礼致します。」
名前が部屋から退室し、ナックルヴァールは洗面所へ使った。
(キルゲの奴、よく教育してるな〜…彼女を落とすの、並大抵じゃないぞ…。)
彼女がキルゲに親以上の感情を抱いているのは昨日のバレエを見て思った。しかし、キルゲ自体が彼女に対して異性としての視線を向けていない事にも気が付いていた。キルゲの彼女に対しての愛情は十分に伝わってくる。それは異性に向ける愛ではなく、あくまで身内に対する愛…ナックルヴァールは彼女の心を落とすチャンスがあると確信した。
今まで一晩だけの恋や本気の恋愛、様々な女の心をモノにしてきたナックルヴァール。これは難しいゲームを攻略しようとする感覚に似ている。
女好きナックルヴァールは、
(見てろよキルゲ…必ずモノにして見せる…!)
二人の
双方の思惑通りになるかどうかは、陛下ですら予知できないのであった。
...end.