剣卯

「どこ行きやがったんだ……。」
雨降る瀞霊廷。
こちらに来ている黒崎一護を追いかけ、剣八は瀞霊廷内を走り回っていた。
感知に劣る剣八は霊圧を抑えた黒崎一護を見失い、「わたしがいっちーをつかまえてくる!」と言ったまま戻って来ないやちるにも痺れを切らしていた。
「ちっ……。」
雨は剣八の体を濡らしていく。やがて額を伝って落ちてくる雨水が鬱陶しく思い、近くの東屋の椅子に腰掛けた。
「おや、珍しいですね。」
声と共に気配を現したのは四番隊の隊長、卯ノ花 烈。剣八が嫌煙する人物だ。
「概ね、こちらに来ている『彼』を追いかけ回し、此処へ雨宿りに来たところでしょうか。」
烈は剣八の行動を見据えているように淡々と口ずさんだ。
「……るせぇ。」
烈はあの頃と変わらない剣八の背中を見て、口元を緩めた。
 ザアァァ……
お互い不要な詮索はせず、白や黄、桃色の蓮が浮かんだ池を眺める。
雨が屋根や水面を叩く音は、やも言えぬ空気を紛らわせるのに都合が良かった。
半刻ほど経たないうちに、足早な雲に切れ間が見えてきた。
「……やむな。」
剣八の言葉通り、雨は先ほどより弱くなった気がした。
立ち上がった剣八に、烈は「もう行くのですか?」と口走りそうになった。
 "あなた" でなければ言えたはずなのに。
まだ自身にこの様な気持ちが湧いたことに驚いた。
後にも先にもこれが最初で最後の事だろうと思っていると、剣八がちらりと肩口から烈の顔を見た。
「なんだ、何か言いてぇのか。」
「……!」
烈は心を読まれぬ様に目を伏せた。
「お体に気を付けて。」
「はっ。」
「お前がそれを言うのか?」と言いたげに目を細めた剣八は、鼻で笑って東屋を飛び出していった。
雨雲の切れ間から薄っすらと青い空が見える。
私たちは雨とも晴れともつかぬ空模様の中、生きている。

【この空の下で】...end.
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